
大阪 都市伝説「祝福されすぎた女」
1|「おいおい、見たかよ昨日のTikTok?」
「見た見た。腕が十本くらいある女だろ?」
「そうそう、それ。やばいよな……」
始まりは、そんな冗談まじりの会話だった。
問題の動画は、深夜二時──難波通りの商店街で撮影されたものだった。
それは、ただの酔っぱらいかと思われた女が、突然うめき声を上げ、次の瞬間、絶叫とともに肉体が膨張し始める。
見る見るうちに腕が十本、背中側にも十本。異様に細く長い肢体が、音もなく駆け抜けていった。
動画は一気に拡散され、大阪近辺でバズを巻き起こした。
「加工じゃないのか?」 「いや、これ見ろよ。影とか完全に合ってる」 「しかも、目撃者多すぎる……」
──その頃、私はすでに“例の依頼”を受けていた。
2|依頼──報酬は100万円
差出人不明。内容はこうだった。
廃ビルまで来てください。
内容は絶対に漏らさないと約束してください。
報酬は100万円です。
面倒な匂いしかしなかった。
だが、その頃ナズナは“巷には出回らない最新型のヘッドフォン”と、TASK-Vの千界がANEI(AI)のOSのデバイスを格安で特別に販売してくれるらしいので── 現金が、どうしても必要だった。
信頼できないルートなら即座に断ってたが、某知り合いのお墨付きもあり報酬を考えれば……断る理由はなかった。
3|遭遇──多腕の女
場所は、大阪南港の廃ビルだった。
立ち入り禁止の看板を越え、暗い非常階段を登る。
最上階、吹き抜けの空間の片隅に、それはいた。
「あなたが、ナズナさん?」
声は女のものだった。
月明かりが差し込む中、その姿が現れる。
──動画の女だ。間違いない。
全身でおよそ三メートル。腕は前後に四十本ほど。異様に長く、しなるように動く。
「驚かないのね?」
ナズナは答える。
「商売上……ね」
4|告白──変異する理由
女は語った。
かつてはキャバクラで働いていたこと。
毎晩、自分目当ての客が何十人も列を作っていたこと。
華やかで、金も人も集まり、羨望の視線を集めていた。
「順風満帆だった。……思い当たるふしなんて、何もなかったのに」
ナズナは静かにつぶやいた
「あなたの“完璧に他人を魅了する力”が、 異次元──あるいは、太古の神のごく小さな一部とリンクしてしまったのよ」
女は目を見開いた。
「それって……わたし、本物の神に……」
「もし“本物”なら、この都市はとっくに壊滅してる。 だから、似てはいるけど、そうではない。派生の派生でその欠片よ。それでも、もう戻れないかもしれないかもね、あなたは既に色んなこと成してしまってるもの」
5|反発──暴走
「じゃあ、どうすればいいのよ!? わたし、なにもしてないのに!!」
女が吠える。無数の腕が、壁を叩き壊し、コンクリートの破片が舞った。
ナズナは一歩も引かずに言った。
「今だって── なぜ、そうなったか全く理解してないじゃない。あなたの人を利用する気持ちの延長線上に、この“変異”があるの」
女の目から、大粒の涙がこぼれた。
「……わたしだって…… 普通に社会で、普通に頑張りたかった……」 「でも、学も金もない女なんか、社会は相手にしないし」 「キャバクラでも、呑気にしてたら周りに抜かれるし、男にも都合よく使われて…… 私は……こうやって生きるしかなかったのよ……」
ナズナは、何も言わず、その声を聞いていた。
6|沈黙と救済
しばらくの沈黙。
女がふと、目を伏せて呟いた。
「……どうすれば、戻れるの……」
ナズナは答えた。
「まず、心から反省すること。 今までの、自分の他人への向き合い方を」
そしてもう一つ。
「……もうひとつは、“覚悟して、全世界にさらけ出すこと”」
──翌日。
女は、自分の姿を自ら撮影し、SNSに投稿した。
再びバズった。 が、今度は人々の反応は違った。
「CGだろ」 「AI生成だわ」 「なんかフェイク臭すごい」
人々の“集団的無意識”が、それを“非存在”として処理していった。
真実を、フェイクとして“整頓”したのだ。
7|後日──ある手紙
数ヶ月後、ナズナの元に、封筒が届いた。
ナズナさんへ。
あれから体は戻り、 人としての形に、なんとか戻れたようです。
今はスーパーで働いています。
覚えることばかりで地味で、退屈です。
でも、すこしだけ……すこしだけ、充実しています。
封筒には、特売のチラシが一枚、同封されていた。
そこには、「惣菜部・◯◯さん」── 笑顔でポテトサラダを盛る、小柄な女性の姿が写っていた。
ナズナは少し微笑んだ