
ナズナ、巨大なワニを追う──マンションに棲む心の怪獣
1. 事件──夜の住宅街に現れた20メートルの爬虫
それは突如として現れた。
神奈川県郊外の住宅地──夜10時。 監視カメラが、全長20メートルを超えるワニのような生物を捉えた。
アスファルトを割り、フェンスをねじ曲げ、誰もいない夜道をゆっくりと歩く“それ”の姿。 明け方には忽然と消え、地面に巨大な爪痕と液体のような残留物だけを残していた。
「人が死んでないから」と、警察もメディアも騒がない。 だが、ナズナのネットワークには、近隣住民の匿名投稿が大量に蓄積されていた。
「夜な夜な、ベランダの下を何かが這っている」 「子どもが“お母さんがワニにごはんあげてた”って言ってる」
ナズナは、調査を開始した。
2. データ収集──巨大化物質“プロトG-47”とマンションのゴミ出し記録
現場周辺をナズナが調査する中で、次のようなデータが得られた:
- 液体サンプルから、未知の合成ホルモン類似物質“G-47”を検出
- 近隣マンションのゴミに、複数の動物性タンパク質と大型鳥類の骨が混在
- ある一室だけ、深夜に窓を全開にして「生肉」を外に置いていた形跡
さらに調査を進めたナズナは、その物質“G-47”が 近隣の製薬会社「ウエノバイオケミカル」で開発されていた極秘実験薬であることを突き止めた。
そして、その会社に勤める社員の妻── この街のマンションに住む主婦・三崎ユカリに注目する。
3. 推理──犯人は、ただの“主婦”だった
三崎ユカリは、一見ただの優しい主婦だった。
だが、ナズナのデジタルリサーチで、彼女の過去の匿名SNSアカウントが浮上する。
「家事育児、会社、町内会──何の意味があるの」 「誰も私の怒りを知らない。でも、あの子は聞いてくれる」
その「あの子」とは── 夫が持ち帰った実験用のワニ。
本来は遺伝子編集用の無毒モデル生物だったはずが、 ユカリは“G-47”を混入し、夜な夜な餌を与え、育て上げていた。
理由は、ストレスの捌け口。
人に怒れない。泣けない。壊せない。 ならば、自分の代わりに巨大な何かが、街を壊してくれたら── そんな歪んだ願いが、20メートルの怪獣を生んだ。
4. 仮説──巨大化は“感情”と結びついていた
ナズナの仮説はこうだ:
- G-47は、成長ホルモンではなく“感情反応性自己増幅物質”
- つまり、与えた人間のストレスや怒りを“成長エネルギー”として受信する
- ユカリの不満・怒り・孤独が、20メートルというサイズを作った
ナズナは、ユカリと対面する。
ユカリ:「……悪いのは、私じゃないのよ。 あの子は、ただ聞いてくれただけ」
ナズナ:「でも、あなたの怒りは、他の誰かを踏みつけたかもしれない」
その言葉に、ユカリは静かに泣いた。
5. 解決──“それ”を回収したのは誰か
ユカリの涙が落ちた夜、再びワニは現れた。
だが、ナズナはその場にいなかった。
代わりに、黒いワゴンが住宅街に数台。 何のロゴもないスーツの男たちが静かに動き出し、 街の監視カメラが一斉にブラックアウトした。
ワニは、一発の麻酔銃も撃たれずに、 まるで命令を聞いたようにトレーラーの檻に収まったという。
その翌日から、ニュースも警察も、すべて沈黙した。
ただ、街角の防犯ミラーにだけ── 巨大な爬虫類の尾が、ゆっくりと曲がる姿が、最後に映っていた。
6. ナズナの語り──私たちは、心に“獣”を飼っている
「人は、時に心に“獣”を飼う。 それが暴れたとき、誰かがそれを押さえる。 ……私には、そのための“鍵”を持つ友人たちがいる。」
すべてを語ることはできない。 けれど、私の背後には、“この世界の境界線を守る人間たち”もまた存在する。
……だから、あの獣は“まだ”生きている。
名前も与えられず、誰にも知られず、 遠く離れた研究施設の地下で──静かに呼吸をしている。