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異界の掲示板

✦ 導入|氷菓と風と、誰かからの誘い

カラン、と氷の音がした。
溶けかけた、かき氷を一口すくい、ナズナは静かに目を閉じる。

クーラーの効いた部屋。
冷たい空気と、窓の向こうで鳴くセミの声だけが、時を刻んでいる。

──何も起こらない日。
──けれど、そんな日にも“きっかけ”は訪れる。

テーブルに置かれたスマートフォンが、短く震えた。

【ウズメ】
こんにちは。突然のご連絡ですみません。
今日、京都の夏祭りに……よろしければ、ご一緒しませんか。
花火もあるみたいで……にぎやかだと、思います。

ナズナは目を細める。
ウズメちゃん......あの控えめな少女。
言葉の端に、すこしだけ緊張が滲んでいる。

「ウズメ、がんばって誘ってくれたんだな。」

ぽつりと呟くナズナの声は、どこかくすぐったい。

スマホを握り、短く返信する。

【ナズナ】
いいよ。特に依頼の予定も無いし。

送信と同時に、別の通知が届く。今度は総一郎から。

【総一郎】
ナズナさん!きょっ、!今日とか何かご予定はあ、りますか!?

ナズナは、ふっと笑った。
氷が、すこしずつ溶けていく。

✦ 京都編|灯りの海と三人の足音

車は夕暮れの街道を抜けて、京都市内へと入った。
窓の外には、どこか懐かしい瓦屋根と赤提灯。
祇園の通りを歩く浴衣姿の人々。夏の匂いが、確かにそこにあった。

ウズメは後部座席で、小さく口を開いた。
「……あの、すごく……きれいですね.....景色。」

ナズナは運転席の横で頷いた。
「そうだね。あんまり声には出して言わないけど、こういう景色、けっこう好きなんだ。」

  

総一郎が言う、顔お赤くして

「ナズナさんもすごくお、おお綺麗です。ウズメちゃんも勿論すごく可愛いよ!!」

浴衣を着た二人は総一郎をきょとんと見つめる。

総一郎はハンドルを握りながら、ミラー越しに二人を見ながら、変な空気にした事が恥ずかしくなり話をそらした。
「やっぱり京都いいですよねーー!!あっあの辺りの駐車場でいいですか?」

「うん、ありがと。ウズメ、大丈夫? 人多いけど、無理しないでね。」

ウズメは小さく頷いた。

車を降りると、すぐに熱気とざわめきに包まれる。
金魚すくい、綿あめ、リンゴ飴。屋台の灯りが川沿いに連なり、
浴衣姿の人々がゆっくりと歩いていた。

ナズナの浴衣は藍色の朝顔柄。
ウズメは白地に紫陽花。
総一郎は、きちんと着付けされた黒の浴衣に、緊張した面持ち。

「お二人とも……本当に、似合ってますね。あ、いや……その……!」

再度挑戦する総一郎

ナズナは少し笑って、団扇を軽く扇いだ。
「ありがとう。でも、自分もなかなか似合ってると思うよ?」

「そ、そうですか!? そう言っていただけると……!」

ウズメは小さく笑った。それは、花火よりも先に咲いた“ひと夏の灯り”だった。

そして三人を出迎える様に──早速、夜空にひとつ目の光が咲いた。

ドン──

響く音。色とりどりの光が、三人の顔を照らした。
ウズメは少しだけナズナに近づいて、腕に触れる。
総一郎は、少し羨ましそうな気がする

ただ、ひとつの夏が、確かにそこにあった。

✦ 花火の夜|心の音が聞こえる瞬間

ナズナは立ち止まり、ふと後ろを振り返る。

「ウズメ……?」

いつの間にか、三人は人波に入りこんで、ウズメの姿が見えなくなっていた。

「あ……ウズメちゃん、どこに!!?」

総一郎がすぐに反応し、反対側の通路へ駆け出す。

ナズナも視線を鋭くして、群衆の中を見抜こうとしたそのとき、
柔らかく浴衣の袖が引かれた。

「……ここに、います。」

屋台の灯りの裏、少し静かなスペース。
ウズメは、手に小さなラムネ瓶を持っていた。

「人が……多くて、すこしだけ、怖くなって……隠れてました」

「……そっか」

ナズナはそう言って、そっとウズメの頭を撫でた。

少し遅れて、息を切らした総一郎が戻ってくる。

「よかった……本当に、よかった……あの、人混み苦手って、聞いてたのに……!」

「ちゃんと無事だよ。ほら、ラムネも手に入れてるし。」

「ナズナさん、ありがとうございます……。ぼく……ちゃんと、見てなきゃいけなかったのに……」

「君は本当に優しいな......」

ドン──ッ

大輪の火花が空に広がり、しばらく言葉が消える。
三人は黙ったまま、同じ空を見上げていた。

──そしてそのとき、総一郎が小さく口を開いた。

「ナズナさん……今日、一緒に来てくれて……ありがとうございます。」

ナズナは答えず、うなずきだけを返す。

ただ、花火が照らした彼女の横顔は、少しだけ、笑っていた。

✦ 一波乱|くじ引き屋台と願いごと

ウズメがくじ引き屋台に目を留めた。ナズナは一瞬で違和感に気づく。

「……ウズメ、あれやりたいの?」

「.......はい」

ウズメは少し照れくさそうにする

「引いておいでよ! ふふ」

総一郎はポケットに無造作に入れている小銭をウズメに渡す

「そんな!.....悪いです」

「いいのいいの、気にしないで」

ナズナはこの男のたまに見せる自然な親切心を結構気に入ってる。全く裏の無い、見返りの無い親切心というのは中々無い物だからだ

「じゃあ.....ありがとうございます」

心なしか頬を染めながらお礼を言うウズメ

そして引く。三人は息を呑む。今のやり取りから、ただのくじ引きでは無く、何か期待がかかったような物の気がしたからだ

──ハズレ。

「ごめんなさい......」

ウズメが泣きそうな顔になる

「謝る必要なんてないよ、悪いのはこの屋台だって はは ウズメちゃんは全然悪くない うん。」

そう言うと、貫禄のある店主が総一郎をギロッと睨んだ。総一郎はタジタジになる

それを見ていた、ナズナとウズメは一気に吹き出し、笑いだす

それを機に三人の間に緊張という壁が無くなり、色とりどりの賑やかな祭りの中を、それはそれは楽しそう笑いながら、どんどん歩き回ったのだった

帰り道と車内

帰り道。ウズメは「楽しかったです!!」と行き道より遙に明るい声で言った。

  

「そうだね!また行きたいね」総一郎が満足した顔で運転しながら穏やかに言う

「うん。こういうのも、たまには悪くは無いね。機会があれば、又、三人で行こう。」ナズナもは珍しく誰かの誘いにのっかる

  

帰りの車内は三人とも疲れ果てて言葉数は少なかったけれど、全員がすごく満足した様な、そんな表情で過行く京都を後にした

三人の距離は、目に見える程に、確かに“近づいていた”

そんな夏の話だった