
ナズナ、笑いの病と集団幻影──なぜ“何もないもの”が世界を揺らすのか?
1. 事件:止まらない笑いが町を飲み込んだ
1962年、アフリカ東部のタンガニーカ(現タンザニア)の小さな村で、少女が突然笑い出した。
それは普通の笑いではなかった。止まらず、苦しみながらも笑い続け、やがて周囲の生徒たちにも広がっていった。
最初の発症地は女子寄宿学校。数十人の生徒が感染したように笑い続け、授業は不可能になった。学校は閉鎖。その後、近隣の村や他の学校にも波及し、最終的には 1000人以上 が発症。
症状は笑い、興奮、叫び、泣き、逃避など多岐にわたり、時には数日〜数週間続いた。
しかし、医学的な病原体は検出されなかった。政府も調査団も首をかしげ、やがて「集団ヒステリー(mass psychogenic illness)」と診断された。
2. データ収集:世界で何が起きてきたのか
■ 修道院の猫の鳴き声(フランス、中世)
ある日、尼僧の一人が猫のように鳴き始めた。それが一人、また一人と連鎖し、ついには修道院全体が“鳴き声の合唱”となった。
当時の修道院は厳しい禁欲生活と沈黙が義務づけられ、外界との接触も少なかった。現代の研究では、極度の抑圧とストレスによる「無意識的解放」と考えられている。
■ 韓国の過呼吸集団発作(2009年)
ある女子高で1人の生徒が呼吸困難を起こした。それを見た別の生徒が同様の症状を訴え、30人以上に連鎖。救急車が何台も出動する騒ぎとなった。
数日後、他校でも同様の現象が発生。
共通していたのは、ネットニュースでリアルタイムに「事件の映像」が共有されていたこと。
SNSが「デジタルなヒステリーの媒介」となった初期例とされる。
■ 日本の学校ヒステリー(1990〜2000年代)
複数の学校で、突然の集団貧血・過呼吸・発声困難などが発生。
発端は一人の生徒の異変。それを見た生徒たちが“自分もそうなるのでは”と恐れ、緊張と模倣によって次々に同調していく。
現場にいた教師が「“霊的なもの”を感じた」と証言した事例もある。
3. 推理:なぜ“何もない”のに起きるのか?
ナズナは集団ヒステリーの共通点に注目した。
- 発症場所は閉鎖空間(学校、修道院、寮)
- 発症前にはストレス・緊張・期待が高まっている
- 誰かの異常を「見る」「聞く」ことで連鎖が始まる
- 身体に症状はあるが、検査では“異常なし”とされる
この現象は「感染」ではない。
だが、極めて精密に“伝播”している。
その媒介は、言葉でも、ウイルスでもない。感情とイメージである。
人間の脳は“他者の感覚”をトレースする性質がある。
ミラーニューロンという、他人の行動を見て同じ神経が反応する仕組み。
それが集団の中で反響し始めると、「本当に自分が感じている」と脳が誤解する。
つまり、「実体のない幻」が“現実の身体反応”を引き起こしてしまう。
4. 仮説:これは“人類の機能”かもしれない
ここでナズナは逆に考えた。
もしこれが“バグ”ではなく、“機能”だったとしたら?
- 集団ストレスを放出するための無意識の逃避装置
- 危機察知システムの集合的誤作動
- あるいは、社会の中に埋め込まれた「感情共有の裏プロトコル」
科学では“異常”とされるが、人類史の中ではこれが危機を分散し、耐える術だった可能性もある。
そして現代、SNSや映像技術がこの“原始的リンク機構”を拡張し、
今や一瞬で何千万人が「同じ幻」を見ることができるようになった。
ヒステリーはもはや閉鎖空間ではなく、ネットワークで起きる現象へと進化している。
5. あなたに託す(ナズナの語り)
何もなかった。
誰も傷つけなかった。
誰も何も見ていなかった。
でも、人は“それ”を見て、苦しみ、倒れた。
それは幻だったのか、それとも、見えない真実だったのか。
もしかすると、最初に笑い出した少女は──
ただ、誰よりも先にこの世界の「不安」に気づいてしまっただけかもしれない。
あなたの中にもきっと、“誰かの不安”がそっと入り込んでいる。
それに気づくかどうかは、あなた次第だよ。