世界線変動率:0.000000

アドレス

1|依頼──匿名掲示板の“知性荒らし”

「ナズナさん……お願いです。掲示板が壊されそうなんです」

依頼は、ある匿名掲示板の運営者から届いた。

そのサイトでは日々、都市伝説、未解決事件、深層Webに関する考察が活発に交わされていた。

──だが、最近になって“ある存在”が現れた。

投稿内容は、一見すると論理的。文法も完璧。引用も多い。

なのに、読んだ者は次々に“書き込みをやめていく”。

「まるで、言葉で心を抉られたみたいだった」と。

運営者は荒らしIPを何度もブロックした。が、次々に現れる“新しいIP”、VPN、海外サーバ。

一言でいうと、手が付けられない

“ナズナさん、どうかあいつを打ち負かして”

2025/05/05 02:11:03
◆ID:ノイズフラクタル
はじめまして。
こんばんは。あなた、賢いけど、浅いですね。
   手始めに、質問させて貰いますね
どうして、人は“正しいこと”を書こうとするんですか?

02:12:14
◇Nazuna_Official
こんばんは。
あなたが言う“正しいこと”とは、誰の定義でしょうか?

02:13:07
◆ID:ノイズフラクタル
ああ、やっぱりそれ聞くよね。
僕は「問い返す人」が一番扱いやすいんだ。
なぜなら──“言葉を操ってると勘違いしてるから”。

02:13:57
扱いやすい相手に、何度もアカウントを変えてまで挑むのはどうしてですか?

02:14:43
◆ID:ノイズフラクタル
ふふ、楽しいから。
君みたいな“冷静で論理的”な人は、壊れたときの音が美しい。
わかる?「わたし、間違ってました」っていう瞬間。

02:15:30
あなたは、“他人の言葉の崩れ”を快楽にしていますね。
つまり、あなたは──人を下げる事で自分が上がる事に優位性を見出してるんですね。

02:16:01
◆ID:ノイズフラクタル
……ああ、そういうこと言うんだ?
でも、“あなたは寂しい人ですね”って、言い切ったら勝てると思ってるでしょ?

02:16:42
勝つ必要はありません。
ただ、“あなたがなぜそれを繰り返しているか”を見つけたいだけです。
真実を知りたいだけです。あなたは、「正しいこと」が嫌いですか?

02:17:15
◆ID:ノイズフラクタル
正しいこと、じゃなくて、“正しそうな言い方”が嫌い。
だってそれって──脆いから。

02:18:01
“脆いもの”を壊すあなたは、いつからその義務ではない、面倒な役割を背負ったのですか?

02:18:49
……役割?
僕は別に、そんなこと考えたことないよ。
ただ、みんなが“形だけの会話”をしてるのが、嫌だっただけ。

02:19:31
形だけではない会話を、今あなたは求めているのですね。
この場所で。匿名のまま。

02:20:07
……はは。
なんか、君、ずるいね。

02:20:38
ずるさとは、予測を裏切るものです。
あなたほど他人の言葉に真摯な人に対して少し卑怯でしたね。 私は、あなたの問いに真面目に向き合っているだけです。

02:21:15
ねえ......
僕、毎晩ここに来て、いろんな人を疲れさせて、
何がしたかったと思う?

02:22:01
「あなたの本当の声を、誰かに聴いてほしかった」
──違いますか?

◆ID:ノイズフラクタル の接続が切断されました。
スレッドはアーカイブされました。

3|完了報告──言葉でしか救えない夜がある

ナズナは、静かに端末を閉じた。

画面には「接続が切断されました」という無機質な文字列だけが残っていた。

それでも彼女は、しばらくその文字を見つめていた。まるで、“彼”が本当にどこかへ行ってしまったのかを、確かめるように。

深夜、ログを添付した報告メッセージを依頼人へ送る。しばらくして返ってきた返信には、短い言葉だけが添えられていた。

「ありがとうございました。
……彼は、一体、何がしたかったんでしょうね?」

その問いに、ナズナは少しだけ考えて──そして、指を動かした。

「彼は、戦っていたんです。
“誰も本気で耳を傾けない世界”に対して。
ただの悪意に見えて.......
彼もまた“本当の会話”を、どこかで欲しがっていたんじゃないですか?」

依頼人からの返信は、それきり返ってこなかった。

この件をただ面倒くさく感じたのか、言葉を扱う者として何か思うところがあったのか......それは誰も知る由は無い