
1|依頼──匿名掲示板の“知性荒らし”
「ナズナさん……お願いです。掲示板が壊されそうなんです」
依頼は、ある匿名掲示板の運営者から届いた。
そのサイトでは日々、都市伝説、未解決事件、深層Webに関する考察が活発に交わされていた。
──だが、最近になって“ある存在”が現れた。
投稿内容は、一見すると論理的。文法も完璧。引用も多い。
なのに、読んだ者は次々に“書き込みをやめていく”。
「まるで、言葉で心を抉られたみたいだった」と。
運営者は荒らしIPを何度もブロックした。が、次々に現れる“新しいIP”、VPN、海外サーバ。
一言でいうと、手が付けられない
“ナズナさん、どうかあいつを打ち負かして”
◆ID:ノイズフラクタル
はじめまして。
こんばんは。あなた、賢いけど、浅いですね。
手始めに、質問させて貰いますね
どうして、人は“正しいこと”を書こうとするんですか?
◇Nazuna_Official
こんばんは。
あなたが言う“正しいこと”とは、誰の定義でしょうか?
◆ID:ノイズフラクタル
ああ、やっぱりそれ聞くよね。
僕は「問い返す人」が一番扱いやすいんだ。
なぜなら──“言葉を操ってると勘違いしてるから”。
扱いやすい相手に、何度もアカウントを変えてまで挑むのはどうしてですか?
◆ID:ノイズフラクタル
ふふ、楽しいから。
君みたいな“冷静で論理的”な人は、壊れたときの音が美しい。
わかる?「わたし、間違ってました」っていう瞬間。
あなたは、“他人の言葉の崩れ”を快楽にしていますね。
つまり、あなたは──人を下げる事で自分が上がる事に優位性を見出してるんですね。
◆ID:ノイズフラクタル
……ああ、そういうこと言うんだ?
でも、“あなたは寂しい人ですね”って、言い切ったら勝てると思ってるでしょ?
勝つ必要はありません。
ただ、“あなたがなぜそれを繰り返しているか”を見つけたいだけです。
真実を知りたいだけです。あなたは、「正しいこと」が嫌いですか?
◆ID:ノイズフラクタル
正しいこと、じゃなくて、“正しそうな言い方”が嫌い。
だってそれって──脆いから。
“脆いもの”を壊すあなたは、いつからその義務ではない、面倒な役割を背負ったのですか?
……役割?
僕は別に、そんなこと考えたことないよ。
ただ、みんなが“形だけの会話”をしてるのが、嫌だっただけ。
形だけではない会話を、今あなたは求めているのですね。
この場所で。匿名のまま。
……はは。
なんか、君、ずるいね。
ずるさとは、予測を裏切るものです。
あなたほど他人の言葉に真摯な人に対して少し卑怯でしたね。
私は、あなたの問いに真面目に向き合っているだけです。
ねえ......
僕、毎晩ここに来て、いろんな人を疲れさせて、
何がしたかったと思う?
「あなたの本当の声を、誰かに聴いてほしかった」
──違いますか?
◆ID:ノイズフラクタル の接続が切断されました。
スレッドはアーカイブされました。
3|完了報告──言葉でしか救えない夜がある
ナズナは、静かに端末を閉じた。
画面には「接続が切断されました」という無機質な文字列だけが残っていた。
それでも彼女は、しばらくその文字を見つめていた。まるで、“彼”が本当にどこかへ行ってしまったのかを、確かめるように。
深夜、ログを添付した報告メッセージを依頼人へ送る。しばらくして返ってきた返信には、短い言葉だけが添えられていた。
「ありがとうございました。
……彼は、一体、何がしたかったんでしょうね?」
その問いに、ナズナは少しだけ考えて──そして、指を動かした。
「彼は、戦っていたんです。
“誰も本気で耳を傾けない世界”に対して。
ただの悪意に見えて.......
彼もまた“本当の会話”を、どこかで欲しがっていたんじゃないですか?」依頼人からの返信は、それきり返ってこなかった。
この件をただ面倒くさく感じたのか、言葉を扱う者として何か思うところがあったのか......それは誰も知る由は無い