
渇きの王は語る──イシュファールの記憶より
第一章:滅びの記憶と静寂の王座
我が名は、イシュファール。
この砂漠の奥底、陽が沈んでもなお熱を孕む大地に、私は王座を据えて久しい。
かつて、世界は滅んだ。
それは突如として襲った災厄ではなかった。
剣が振るわれたわけでも、空から火が降ったわけでもない。
静かに、ゆっくりと、そして確実に、世界は腐ったのだ。
原因は、心。
欲望。怠惰。虚栄。恐れ。憎しみ。
それらは連鎖し、やがて世界の秩序の根幹を侵した。
因果律は濁り、秩序は歪み、世界そのものが自己崩壊へと向かった。
私は、それを“知っていた”。
なぜなら私は“声”を聴く者。
遥かなる時を越えて囁かれる、過去の残響──シグナルエコー。
この世界が四度も滅び、何度もやり直されてきたことを知る者。五度目の世界の選ばれし者
第二章:ナズナという少女と私の差異
もう一人、あの“声”を聴く者が現れたと聞いた。
名はナズナ。
──あの少女は、優しい。
全ての存在に対して赦しを与え、対話を試み、和解を望む。
それは美しく、理想的だ。
だが、あまりに“綻び”に甘い。
彼女は無意識に選んでいるのだ。
すべての命が生き延び、すべての存在が笑って終われる未来。
だがそれは幻想にすぎない。
私には分かる。
“赦し”では世界は維持できぬ。
調和とは、力なき者の幻想。
真の秩序とは、“統御”だ。
第三章:私が望んだ未来──絶対的個の支配
私は悟った。
民の心は変わらぬ。
いずれまた、誰かが欲にかられ、世界を腐らせる。
ならば、唯一無二の存在が“全て”を律すべきだと。
それが私。
イシュファール。
私は“渇き”の王である。
命を、生を、水を、思想を──すべてを渇かせ、制御する。
この地において、私が通った後に“水”の気配は残らぬ。
これは比喩ではなく、真実。
私の存在は、あらゆる循環を止める。
第四章:力について語ろう──渇きの能力
- 渇き(ドレイス)
水分を奪うだけではない。意志、希望、愛、記憶──あらゆる「潤い」を失わせる。
その場はただの乾いた土地ではない。“存在”すらも枯れるのだ。 - 終わりの布(シャウール)
時を早送りする能力ではない。“概念そのものの経年劣化”を強制する。
人の信念も、建築も、国家も、ただ崩れていく。 - 座標変換(ノム=エルダ)
世界の座標を強制的に入れ替える。
私の命ずるまま、砂漠の都は空に浮かび、月の裏に王宮を築くこともできる。次元が違えど世界を隣接できる - 命令の律(アル=ジフル)
私の言葉は、軍団にとって絶対だ。
それは洗脳ではない。“服従”という属性において、私が中心にあるだけだ。
第五章:軍について──異形の王国
我が軍は“人間”などという範疇に収まらぬ。
大地の熱を吸って膨張し続ける焦熱の巨兵。
乾いた骨と呪われた砂を繋ぎ合わせて造られた、意思なき建造物──砂の巨兵(グラナイト・ゴーレム)。
脳の代わりに呪詛を宿した鉄の魔偶。
姿形すら持たず、音の震えだけで命令を伝達する音律の将軍。
死を超え、魂のみで構成された幽魂騎兵団。
かつて神々にすら見捨てられた異界の旧王族の亡霊たち。
そして、かつて空に君臨した龍が滅びを経て再誕した、腐肉と黒炎の空飛ぶ災厄──腐喰の災炎竜(カドゥマ=ヴォルグ)。
この軍勢は、かつての世界の終焉に立ち会い、居場所を失い、我が“渇き”の中に秩序を見出した者たちだ。
我が軍において、“弱者”という言葉は存在しない。
なぜなら、弱き者は生きて此処に辿り着けぬからだ。
彼らは信仰にすがっているのではない。
私の力が、私の意志が、この世界に唯一残された“統制の象徴”であることを理解している。
彼らは私の律に従い、渇きを掲げ、あらゆる反逆者と破滅の兆候を潰すために存在する。
我が軍とは、滅びに抗う“最後の秩序”そのもの。
彼らは私を崇拝している。
力への恐怖ではなく、渇きの中にしか存在し得ない“秩序”への共感だ。
私は知っている。
限りなく統制のとれた、この者たちですら再び滅びに晒されるのであれば、次は誰も生き延びれないだろう。
だからこそ、私は支配する。守るために。
第六章:終わりなき治世へ
世界がまた終わりに向かっていると感じる。
“声”がそう告げている。
だが今度こそ、私は譲らぬ。
この渇いた王国が砕けるその瞬間まで、私は命じ続けるだろう。
世界が続くべきか否か、それは些末だ。
問うべきは、“誰の手によって続くべきか”だ。
この世界の秩序を、“王”が掌握して何が悪い。
民よ、跪け。
そして、忘れるな。
──滅びを生き延びたのは、“慈悲”ではなく、“渇き”だった。