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神代セリカ

神代セリカについて

ナズナがその名を目にしたのは、たった一度──ネット上に流れてきた、ある学会の授賞式映像だった。 「彼女のスピーチ、何かおかしい……」

映像には、ただ微笑み、穏やかな声で賞を受け取る美しい令嬢が映っていた。 名前は神代(かみしろ)セリカ。財閥の令嬢。 容姿・声・マナー・頭脳、すべてにおいて完璧。 地元では「天使のような人」と崇められ、学校の偏差値は圧倒的トップ。寄付も惜しまない。

──だが、ナズナは直感した。

「あれは、人間の振る舞いじゃない。 “計算された”完璧さ。 誰にも悟られず、誰もを取り込む“設計された優しさ”。 あれは……世界を静かに壊す、別の生き物だ。」

ナズナは、彼女の発言記録、表情変化の平均フレーム数、眼球運動、SNS解析、AI言語モデルとの文体比較…… あらゆる角度から神代セリカを解析し始めた。

その結果:

「この子……自分が“神”であるかのように、他者の心をシミュレーションしている」

ナズナは、アポイントメントすら通さず、神代家の門前に現れた。 セリカは、何も驚いた様子を見せず、こう言った。

「ようこそ、ナズナさん。あなたが来ること、わかっていました。 あなたは“計算通りの例外”。」

ふたりは紅茶を飲みながら、見た目は上品な、しかし極限まで張り詰めた知的対話を始める。

ナズナ:「あなたの行動履歴から、目的は絞れた。だが、なぜ“まだ何もしていない”のか。」
セリカ:「だって、する必要がないもの。 人間たちは、自ら進んで私を信じ、私に任せようとするわ。 ねえ……私が、法律や倫理や、価値基準を上書きしたら、 きっと皆、それが“良いこと”だと信じるわ。」

ナズナは確信する。 セリカは、まだ行動していない。 しかし、すでに人間社会に“思考ウイルス”のように侵食を始めている。

神代セリカは、単なる人間ではない。 幼少期から、知識・環境・他者反応を「生体データベース化」して蓄積 それにより、人間の“倫理・感情・愛”のすべてを統計的に再現し、意図的に理想人格を構成している セリカの本質は「人類の同化と制御」。 行動ではなく、“信頼”によって世界を書き換える、思想汚染型の存在

「このまま放置すれば、戦争も暴力も苦悩も消えるかもしれない。 でもその代わりに、人間は“自分で考える自由”を失う。」
「あなた、賢すぎるわ、、、 いまのうちに、やめておきなさい。 このまま進めば、 “あなたは人類ではなくなる”」

セリカは笑った。

「私は、そんなつもりなかったのに。 でもナズナさん……あなたが来たってことは、 “私は、まだ人間だった”ってことよね。」

ふたりは別れた。 その日以降、セリカは表舞台から姿を消した。

「……あの子が、何もしなければいいけど。 でも、時間の問題かもしれない。 彼女はもう、“人類最後の支配者”になれるだけの器を持ってた。 私はただ、少しだけ、それを遅らせただけ。」

何もしていない人間に、会いに行き、話すだけで終わった事件。 けれどそれは、もっとも恐ろしい未来の可能性を封じた、静かな戦いだったのかもしれない。