
存在していなかった学校――“Classroom_404”事件の記録
──────── そのメッセージは、ナズナの個人回線に直接届いた。
送り主は不明。アカウントはすでに削除済み。
残されたのは、一本のキャッシュリンクと、たった一言のテキストだった。
「僕がいた学校を、調べてください。」
リンク先の動画は既に削除されていた。だが、ナズナは過去のネットワーク層からキャッシュデータを逆追跡し、再生に成功する。
そこには、ありふれた教室のように見える空間。けれど、違和感は最初から潜んでいた。教師は同じセリフを繰り返す。生徒の顔は曖昧で、どこか“描かれたように”見えた。廊下は延々と続き、窓からは“景色のない明るさ”だけが差し込んでいる。
「同じ授業。違う教室。終わらない時間。……ナズナさん、助けてください」
──── ナズナは調査を開始した。
最初に向かったのは、かつてその学校が“存在していた”とされる区域だった。だが、そこには何もなかった。ただの雑草と鉄条網、建設予定地の看板すらない。それは「廃墟」ではなく、「存在していた痕跡すらない空白」だった。
周囲の住民に聞き込みをしたが、口を揃えてこう答えるだけだった。
「そこはずっと更地だったよ。何十年も、何も建ってない。」
ナズナはGPSログを確認した。生徒たちのスマートフォンの位置情報は、確かにその区域に集中していた。しかし、ログの座標はすべて「未記録領域」として処理されていた。
建築台帳にも、教育機関データベースにも、該当する設立申請や登記履歴は存在しなかった。その空間に、「学校があった」という法的証拠も構造的履歴も、一切残されていなかったのだ。
だが、それでも。数人の若者たちは、「確かに通っていた」と証言した。その語り口は生々しく、記憶の改竄や催眠では説明がつかないほど、鮮明だった。
「何ヵ月もいたんですよ。ホームルームもあって、席も決まってて……
毎日、誰かと話してた。先生の声も覚えてます。制服だって、確かに着てた。……あれ? どこに……」
証言はある。記憶はある。だが、物証はない。校章も写真も、卒業証書も、教科書すら見つからない。
──── ナズナは仮説を立てた。
これは「異常存在を封じ込めるための空間」。
──人間によく似た“なにか”を、閉じ込めるためのシミュレーション。
学校という空間は、社会的に“反復と秩序”が強化された場である。時間割、授業、休み時間、号令──それらは個人の変化を最小限に抑え、“同一性”を育てる。
その構造を利用すれば、特定の存在──たとえば、“この世界に属さない”何者かを、日常という幻に繰り返し囚え続けることができる。
教室が毎日微妙に変化するのは、記憶のノイズか。教師が同じ台詞を繰り返すのは、情報出力の限界か。増え続ける教室は、収容しきれなかった“何か”の痕跡かもしれない。
それは学び舎ではなかった。“現実に溢れた異物”を、記憶という檻に幽閉する結界だった。
ナズナは確信する。
そこにいた“生徒たち”は、すでにこの世界には存在していなかった。
だからこそ、現実に属さない空間で、彼らは“通っていた”。
記録にも、物理にも、属さない者たちの、最後の“居場所”。
──── そして、最後に。
“Classroom_404”──それは、誰にも思い出されないまま、
いまもどこかで“終わらない授業”を繰り返しているのかもしれない。
いや、違う。抜け出した生徒もいるなら、そのバグホールがあるはず、それか特定の条件(プログラム)か......抜け出してはいけない存在がきづかないといいが........