
ナズナ、ひとりぼっちの放課後──少女の輪郭が生まれた日々
序章:誰ともつながらない選択
ナズナは、学生時代、常にひとりでいた。
それは「いじめられていたから」でも「暗かったから」でもない。彼女自身が、あらゆる関係性から距離を取っていたからだ。
教室の隅、窓際の席。そこにナズナがいるのが当たり前になっていた。誰も話しかけないし、彼女も誰かを求めようとしなかった。
休み時間は静かに文庫本を開く。 昼休みは屋上で一人、スープジャーを手に空を見上げる。 放課後は、図書室に残って誰も読まない天文学や記号論の本をめくる。
彼女の中では、誰にも知られないまま終わる一日が、最も“整っている”と感じられていた。
第1章:観察する少女
ナズナは、人の言葉よりも、目線の動きや、靴の減り具合や、筆圧の跡に興味を持っていた。
クラスメイトの誰かが嘘をついた瞬間、呼吸がわずかに浅くなったこと。 先生が黒板に書いた数式の順番が、前回とは微妙に違うこと。
そうした「誰も気にしない変化」だけが、彼女にとっての世界の真実だった。
だからこそ、ナズナは孤立していたのではなく、選び取っていた。 ただ、誰にもそれが“選択”だとは伝わらなかった。
第2章:誰にも知られない優しさ
ある日、体育の授業を休んだ少女の水筒が床に転がっていた。 誰も気づかなかった。
ナズナはそれを拾い、洗って乾かし、翌日彼女の机に静かに戻しておいた。
名乗らない。 話さない。 期待しない。
でも、そうやって、誰にも気づかれないまま「他者を保っている」自分を、ナズナは少しだけ誇りに思っていた。
第3章:声なき違和感
ある放課後、教室の机の並びが普段と少し違っていた。
誰かがふざけて動かしたのだろう。 それでもナズナは、背筋がぞわっとするような感覚を覚えた。
その日以来、ナズナは「違和感」に異様に敏感になった。
机の高さ、教室の空気の湿度、廊下の足音のリズム。 小さな異常が、彼女に“世界の歪み”として響いた。
そしてそれが、後の「探偵ナズナ」の洞察力のエッセンスだった。
第4章:言葉を話さない友情
卒業式の日、誰よりも早く制服を畳んだナズナの机に、折り紙が置かれていた。
開くと、ただ一言だけ。
ありがとう
差出人はわからない。 けれど、ナズナはそれをポケットにしまい、表情を変えずに帰路についた。
そのポケットの感触を、彼女は数年後のある日、ふとした事件現場で思い出すことになる。
それは、他人を完全に排除していたように見える少女が、実はとても強く、他者の存在を望んでいた証だった。
終章:ナズナという“輪郭”
ナズナの学生時代は、決して華やかでも、劇的でもなかった。
でも、そこには静かな闘いと、名もなき優しさ、そして他者を深く理解する眼差しがあった。
誰にも話しかけられない少女が、 誰よりも世界の「小さな異常」を見つけ、 やがてそれを“真実の証”として読み解くようになる。
──その輪郭は、探偵ナズナを形成するものであったかもしれないし、 そして彼女を愛する誰かの共感と重なる場所なのかもしれない。