
夜の遊園地・第二夜──“異形のサーカス”に審判として呼ばれた私
1. 夜の遊園地への招待──「この争い、あなたしか裁けません」
午後11時、ナズナのメールBOXに入ったメッセージ。だが、それはとても奇妙な依頼であった。
「ナズナ様……ご無礼を承知で申し上げます。このままでは、大変なことになるのです。どうか、もう一度“あの場所”へ……」
“あの場所”とは、異形たち「カレラ」が封印されている遊園地──アストラランドのことだった。
本音を言えば、行きたくはなかった。あの夜、ナズナが見たもの、感じたものは、理性の地平から一歩踏み外したような体験だったから。
だが、依頼主は続けた。
「二つの“サーカス団”が、この空間の支配権をめぐって争っているのです。あなたが来てくださらなければ……」
夜の遊園地でサーカス?あの場所はこんな時間に開いてないぞ? それも二つ? 私は眉をひそめた。だが、「争い」「審判」「あなたしかいない」と繰り返すその言葉に、どうしようもなく“嫌な予感”がした。昼は普通の遊園地だ、万が一に封印されてるモノが昼まで浸食してしまう事があれば恐ろしい、沈静化できるなら、した方が良さそうだ
仕方なく──私は黒いコートを羽織り、再びアストラランドの夜へと向かった。
2. 異形の団長たち──アンセイン・マリオネット vs アヴァロン・アニマルズ
園内に足を踏み入れた瞬間、空気が変わった。湿っていて、密度があって、どこか“演劇の幕間”のような静けさ。
出迎えたのは、サーカス団「アンセイン・マリオネット」の団長“アルレッキーノ”。人間のように見えるが、その関節はすべて金属で補強され、首の可動域が明らかに異常だった。奇妙な仮面をかぶっている
「我々こそが真のサーカス。あなたの目で、それを見届けていただきたい」
対するのは、獣面の仮面を被った団長“アロンダイト”率いる「アヴァロン・アニマルズ」
「我らは“本能の歓喜”を演じる。計算された狂気より、生命の咆哮こそが芸術だ」
互いに譲らぬ二人。私が裁かねば、この不気味なサーカスの大軍団が暴れだし、この遊園地の"カレラ"の結界も崩壊する可能性がある。
3. 演目開始──異形の審美、五感の崩壊
始まりの音はなかった。音の代わりに、床が溶けた。
観客たちは気づかないまま、椅子ではなく柔らかい"何か"の上に座っていた。座るたび、何かが小さく鳴いた。
舞台に現れたのは、名もなき造形物──腕が七本、目は閉じられ、皮膚には知らない文字が浮かび上がっていた。
アルレッキーノの幻想装置人形劇。それは記憶のカタルシス。自分が自分を思い出すたび、今の自分が過去になる。
舞台の中央で、見知らぬ人の顔をした茶碗が、踊り始めた。割れた縁からは赤い煙が漏れていた。
隣の席の観客が囁く。「あれ、私の三番目の記憶よ。正しくは二番目だったけど、順番が変わったの。」
観客席に配られたプログラムは、触るたびに形が変わる。読み終えるころには、すでに読んだことを忘れている。
人形たちは踊る。踊るという動作を“真似ている”だけの存在。動きの間に言葉がはさまる。「やりなおして」「そこじゃない」「もっと痛く」
一体が観客のひとりに顔を近づける。「君が見なかったから、私は形になれなかった」
人形たちの一体が、突然、観客席の方向を向き、首を三百六十度回してから、“何かを祝福する音”だけを吐いた。何も起きていないのに、拍手と鐘の音が鳴る。舞台の空間に、巨大な“数字のゼロ”がゆっくり降ってきた。
それを見上げた観客のひとりが呟く。
「あれ、私の卒業式じゃない。たぶん。」
舞台の幕が勝手に閉じて、再び開くと、そこには“過去の空気だけを模した彫刻”が並んでいた。形もなく、意味もなく、ただ“懐かしさっぽい何か”が会場に漂いはじめる。
そして、舞台の中央に新たな人形が現れる。顔の代わりに、数字のカレンダーを貼り付けた赤子の人形。
ひと月ごとに表情が変わる。だがその“表情”が文字化けしており、誰にも読めない。
それでも観客の一人が泣き出した。
「この子、昔のわたしだった気がする……違うかも……でも、泣ける……」
その瞬間、人形たちが一斉に倒れ、「本日の演目はすべて虚構でした」と、誰の声でもない音が天井から流れた。
舞台の天井がひっくり返り、そこからアロンダイトの演目が滴り落ちる。液状の劇場、粘性のある演出。
現れたのは、顔を持った身体たち。顔はあるが、視線が固定されている。どれも“こちら”を見ているふりをした“あちら”のまなざし。
「これは生を模倣する儀式ではない。生を模倣するという妄想を、舞台という空白に投影する装置だ」
彼らは這う。ではなく、這っていたという“記述”だけが観客の脳内に入力される。
言語の意味が逆流する。「痛い」という言葉は「覚えている」に、「わたし」は「だれでもない」に置き換わっていく。
観客の左目に、字幕が直接映る。「これはあなたの物語ではないが、あなたがいなければ成立しなかった」
空気が染まる。嗅覚が視覚に侵食され、見える匂いが観客の体内を撫でる。
ひとり、立ち上がった観客が舞台に上がる。だがそれは“観客”ではなく、“舞台”だった。観るものと観られるものの境界が、物理的に破れた。
役者が誰かを指差す。「次は、君が演じる番だよ」
指差された人物が言葉を発そうとした瞬間、口が鍵穴に変わった。
その鍵は、誰のポケットにもなかった。
暗転──だが光は消えず、代わりに“影”が舞台を包んだ。光の存在を否定することで、暗黒が光になった。
次の演目が始まる。そのタイトルは──「忘却による回帰、もしくは屈辱で書かれた台本」。
読めない。だが、すでに“観たことがある”という感覚だけが脊髄を這った。
この劇場に出口はない。なぜなら、観客たちが入場したという記録自体が、最初から存在しなかったからだ。
拍手が鳴る。誰も手を叩いていない。
そして、ページが開かれる。屈辱で綴られた台本──血で書かれたセリフたちは、意味を持たず、ただ順番だけが演技を強制する。
観客のひとりの舌が勝手に動き、朗読を始める。「わたしはあなたであり、あなたがわたしになるその途中です」
声が出た瞬間、その人の皮膚が“文章”に置き換わる。文字列が体を構成し、指先が句読点になる。
観客たちは次々に“語”へと変わっていく。もう人ではない。舞台を構成する文法の断片となった。
一体、誰がこの劇を“読んでいる”のか。
もしくは──この舞台そのものが、ただの風邪で眠れる子の悪夢なのではないか。
最後の観客が消えたとき、舞台にだけ音が残った。それは「観劇後の沈黙」という名の効果音だった。
4. 裁き──ナズナの選択と問い
ナズナは後悔した。これは悪夢だった、来るんじゃなかった。
彼らが見せた者は、現実でも意味のある作品でもなく、意味ありげに何かを見せているだけの、ただの悪夢。幻術と言う方が近しい
ナズナはその知能で、一切を現実と切り離し、核となる今までの自分を用いて客観的に目の前の現象を流れるままに、なんの解釈もせずにやり過ごした。
それ故に取り込まれる事は全くなく、ただの不気味な悪夢と切り捨てた
演目が終わった後、両者はナズナを見た。
「どちらが“真の芸術”か──選んでいただきたい」
ナズナは沈黙した。選べば、選ばなかった方が消滅するらしい。どちらも“正気ではない”ので、どちらが残っても危うい
「ひとつ言っていいかな?.......」
両サーカスが、その言葉を待つ。ナズナに全てを託すような目をしている者もいる
「誰が喜ぶのかな?これ.......」
その言葉に、両サーカスは困惑する。怒りはしない、なぜならば、審判を頼んでまで優れた方を決めたいぐらいに作品に熱量があるのは、根本的には誰かに見せて感動して貰いたい意思があるからだ
「正直に言うよ、両者とも最低だ。自分の作品に夢中になって、観客が楽しむとか感動するって前提がおざなりになってる、君たちの熱量は素晴らしいが.....もし私が優れてると選んだらその勝者は、より己惚れたチームって愚弄することになるから....選べないよ」
そう言って、ナズナは背を向けた。
そして、二つのサーカスの大軍団は、しばらく困惑し、沈黙した。
その後、誰かが笑いだし、それは連鎖しいつのまにか全員が笑いだした。
アルレッキーノとアロンダイトは声を揃えて叫んだ
「全くその通りだ!!」
背に聞こえる声には、正直暗い演目はもう飽きてきてたとか、ハッピーなやつがやりたいわなどで、とても普通の表現者の言葉が飛び交っていた
それはそれは全員がとても楽しそうに笑いながら話し込んでいた
5. 終幕の予感──新たな招待状
部屋に戻ったナズナの机には、一通の封筒が置かれていた。
差出人不明。
中には、赤い紙にこう書かれていた。
「ナズナ様。貴殿の才には皆が真に感銘を受けました。是非、次は“審判ではなく、出演者”としてお越しください。次の演目は"ぐるぐるハッピーな叫び"です。ナズナ様と演技できる日を心待ちにしております」
その手紙を見て、ほんの少しだけナズナは頬笑んだ後、我に返り封筒をそっと閉じた。
二度とごめんだ