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叫ぶ

神代セリカ事件後──ナズナが泣いた日

ナズナは、静かに講堂を出た。

その足取りは、どこか夢の中のようにふわりとしていた。世界の密度が変わっていた。空気の手応えが、どこにもない。

校門を過ぎる頃には、呼吸すら整わなかった。ナズナは、人のいない公園のベンチに座り、手のひらを強く握りしめていた。

その瞬間、胸の奥にあるものが、突き破るように溢れた。

ナズナは、悔しくて、苦しくて、たまらなかった。

歯を食いしばっても、涙が止まらなかった。

「……また、間に合わなかった……っ」

ナズナは、自分を責めていた。なぜ止められなかった。なぜ、見抜けなかった。

──いや、違う。何度目だ?もっと前の自分も同じ過ちをしてる......

“最初の依頼”の記憶

それはまだ、ナズナが「電脳探偵ナズナ」を名乗る前。

匿名のフォームに届いた、たった一通のメッセージ。

「誰か、いますか……? わたし、いなくなりそうです。」

短くて、宛名もなくて、でも明らかに──救いを求めていた。

ナズナは、そのとき、迷った。

これは本当に“事件”なのか?
自分なんかに、何ができるというのか?
中途半端な関与で、余計に傷つけてしまうのではないか?

責任が持てるのか? 判断は正しいのか?

ナズナは、頭ばかりで考え、言い訳を並べながら──何も返さなかった。

数日後、その名前は──どこからも消えた。

SNSも、記録も、誰の話にも出てこなくなった。

転校扱いとして処理されたその存在は、まるで最初から“いなかった”かのように消された。

あれは、助けれたかもしれない。

そして自分は、それを──選ばなかった

激しい後悔と理屈に囚われ助けるという事を優先できなかった自分への嫌悪、いなくなった子に対しての悲しみ

その時の、ナズナは打ちひしがれていたのだ

崩れる感情

それが、ナズナの“最初の失敗”。

誰かのSOSを「何もしない」ことで、失ってしまった事実。

ナズナは、あのときから、聞くべき声は無視しないと、誓ったはずだったのに──

なのに、また.......セリカの動きに気づいていながら、止められなかった。

「……くそ……」

小さく、喉の奥で声が漏れた。いや──それはもう、小さな声ではなかったのかもしれない。

胸の奥で燃え続けていた火種が、とうとう形を成した。それは怒りであり、悲しみであり、失望であり、そして、何よりも自分自身への苛立ちだった。

「どうして……っ」

かすれた声が漏れた。いや、こぼれた。唇を震わせながら、ナズナは吐き出していた。ナズナとして初めて、誰かの前ではなく、誰もいない場所で、自分の感情に飲まれた。

冷静であるはずだった。論理で、知識で、全体を俯瞰して動ける存在であるはずだった。けれど、いまのナズナは──

激しい感情に飲み込まれている、ひとりの“人間”だった。

胸が痛い。呼吸がうまくできない。涙は止まらない。

「……悔しい」

その言葉を呟いたとき、ナズナはようやく、自分が何に揺さぶられていたのかを知った。

祈りは届かなかった。目の前にあった未来へは手が届かなかった。

静かであるべきだった。崩れないはずだった。なのに、いまだけは、それができなかった。

ナズナは、自分であることを一瞬だけ忘れて、ただひとりの人間として、嗚咽を漏らした。

この場所でだけ。

違うだろ??泣くだけか??また、同じことを繰り返すんじゃないか???

何もできないのか?

何もしないのか??

ちがうちがうちがう!!!

ちがう!!!!

わたしは......

わたし.....は...

やる

そして、再び歩き出すために

その感情の底で、ナズナは目を閉じた。

ナズナは考えた。

自分はまだ、この世界のすべてを知らない。

知識はある。仮説も組み立てられる。でも、それでも“足りない”と感じた。

それでも──

私には、考えることしかできない。

でもそれは、無力じゃない。

誰かの涙の理由を探すこと。
沈黙の声を聞き取ろうとすること。
そこから、ほんのわずかな“選択肢”でも手を伸ばそうとすること。

それが、私にできること。

私は、過去に負けない。
あのときの事にも、セリカにも。

私はまだ、“終わっていない”。

やらねばいけない事がきっと沢山ある

私はこれからも、まだ誰も気づいていない“答え”に辿り着き、助けを求める声に耳を澄ませていく。

ナズナはそう決心し、この日を境に彼女の何かが変わった