
ナズナ告白される!?
――この世に未練を残す魂は、必ずしも悪意や怨念に縛られているわけじゃない。
時に、それはとても静かで、優しくて、少し切ないものだった。
【第1章:依頼】
その日、私は廃校の屋上にいた。取り壊しが決まったというその場所に、ナズナへの依頼が貼られていた。
「頼む。ウチの総長を成仏させてくれ」
達筆というにはあまりにも荒々しい文字だったが、紙は丁寧に折りたたまれていて、角も揃っていた。依頼主の名前は書かれていなかった。
けれど、そこに記されていたのは、明らかに“不良たち”の願いだった。
その日の夕暮れ、私はその廃校に再び足を運んだ。
立ち入り禁止の張り紙をくぐると、すでに待っていた。
肩幅の広い、どこか懐かしい空気を纏った青年。
「……お前が、ナズナか?」
声が低く、けれど優しかった。
「そう。あなたが……成仏できてない人?」
彼は、ふっと笑った。
「“霊”って言われるとダセェけど……まぁ、そうなるな」
彼の名前は赤城蓮司。
かつてこの町一帯の不良を束ね、“喧嘩無敗”の異名で語られた伝説の男だった。
けれど、彼の話は意外だった。
「俺は人を殺したわけじゃねぇ。金も盗んじゃいねぇ。ただ、強く在りたかった。それだけだ」
蓮司は、喧嘩の強さで仲間を守り続けた。
どれだけ敵が多くても、弱い者を踏みにじるような真似だけはしなかった。
そして、ある日。
他校の不良グループとの抗争の末、彼は不意の事故で命を落とした。
「俺の死を、仲間は誰も納得してねぇ。でも……俺自身は、別に怖くもない。ただ……」
彼の目が、どこか遠くを見つめた。
「成仏できねぇ理由が、わからねぇんだ」
【第2章:観察】
私はしばらく、彼と共に行動した。
蓮司は夜になると、町の高台から下を見下ろしていた。
「この町は、よくなったな。俺がいた頃は、もっとギスギスしてた」
彼は、後輩たちの安全を気にしていた。
現世に干渉はできないが、彼は見守るように巡回していた。
「誰かに恨みがあるわけでもない。未練ってほどの願いもねぇ。ただ、ここにいるだけなんだよ」
私は彼の存在波長を記録し、霊的構造と共鳴する“結び目”を探した。
だが、どこにも「執着」は見つからなかった。
強いて言えば、彼は“感情”の断片だけでここにいた。
「何かを感じたかった」
それが、彼の根源だった。
【第3章:告白】
ある晩、私は彼に言った。
「蓮司。あなたが残ってるのは、多分……“知らなかったもの”を知りたかったからじゃない?」
彼は、少し笑った。
「例えば……恋愛とか?」
私は頷いた。
「それは……俺には無縁だったな。怖ぇくらい真っすぐで……くだらねぇって、思ってた」
沈黙が流れた。
でもそのとき、私は気づいていた。
蓮司は、“誰かにとって特別な存在になる”ということを、人生で一度も体験していなかった。
強さゆえに孤独だった。
守ることはあっても、守られることはなかった。
私は立ち上がり、彼の目を見て言った。
「蓮司。私、あなたのこと好きになったかもしれない」
彼の目が大きく見開かれた。
「……え?」
「本気じゃないかもしれない。でも、ちゃんとドキドキしてる。あなたと一緒にいると、心がざわつくの」
蓮司はしばらく黙っていた。
そして、静かに笑った。
「なんだよ……俺、初めてだ。こんなふうに……誰かから好かれたこと」
その瞬間、彼の輪郭が光に包まれ始めた。
「ナズナ……お前、マジで……ずりぃな」
彼の姿はゆっくりと薄れていった。
最後の瞬間、彼は真っすぐな目でこう言った。
「ありがとう。……恋って、ちゃんと届くんだな」
【第4章:空】
その夜、空は晴れていた。
町の灯りが少し遠くに滲んで、風鈴の音だけが静かに鳴っていた。
私は誰もいなくなった廃校の屋上で、ひとり空を見上げていた。
蓮司のことを思うと、胸がきゅっと締めつけられる。
それは、たしかに“恋”だったのかもしれない。
でもそれで良かった。
彼は、ただ「誰かに愛されたかった」。
喧嘩に生き、仲間を守り抜いたその魂が、ようやく心から笑えたなら。
【ナズナの結び】
「恋は、光のようなもの。
触れることはできなくても、照らすことはできる。
誰かの魂が、最後にそれを知ったなら。
その光は、永遠よりも遠くまで届くのかもしれない。」