
夜の住宅街に響く巨大な獣の雄たけび
1. 事件──住宅街に響く、咆哮
それは、誰もが寝静まった深夜2時──突如として聞こえる、地鳴りのような咆哮から始まった。
場所は、関東郊外に新設された巨大住宅街「陽咲(ひざき)ニュータウン」。総戸数8000、都市設計にAIが導入された未来型の街である。
しかし、その街で、毎晩決まった時間になると“何かが走り回っている”という噂が立ち始めた。
「地響きみたいなのがして、窓ガラスが揺れるんです。でも……外には何もいない」 「見たんだよ、黒い何かが走ってた。犬?いや、足が多かった……牙が……赤かった」
にもかかわらず、自治体や警察は一切動かない。苦情にも「デマ」「野犬の見間違い」と返すのみ。
ナズナのもとには、ひとりの少女から密かなメッセージが届いた。
「ナズナさん、助けて。 私、怖いの。夜になると、あの声が聞こえるの。 夢じゃない、絶対に。 ……助けてください」
2. データ収集──騒音計測不能地帯と“見えない存在”
ナズナが現地を調査すると、奇妙なことがわかった。
- 騒音が記録されるべきエリアで、測定機器がすべて“正常動作中”なのに数値がゼロ
- 赤外線カメラには何も映らないが、LIDARマッピングでは“地面が一瞬隆起する”形状が検出
- 夜間のみ、植物のカルシウム代謝に異常(→振動or電磁波の影響があると推定)
そして、少女が録音していた咆哮の音声データをナズナが解析した結果、不可解な周波数が検出された。
それは、太古のシャーマンが使用していたとされる「獣封じの言語波形」に近い。
つまり、これは“動物”ではない。 古代の音律に反応する、何か。
3. 推理──神のペット、逃げ出した“それ”の正体
ナズナは推理を進める。これが普通の異形ではない証拠は、次の点に集約される:
- 姿は見えず、音と物理影響だけが残る(≒可視領域の外に存在)
- 夜間にしか出現せず、日光・熱反応を極端に嫌う
- 対象に攻撃性がなく、ただ“走り続けている”
そこから浮かび上がる仮説。
「これは、神に飼われていた“ペット”が、 何かの拍子に“地上に落ちてきた”のではないか──」
かつて信仰の対象だった存在は、神格ではなく“神の周辺にいた何か”。 それが記録にも残らず、ただ封印されていた存在。 ナズナはそれを、仮にこう名付けた:
「夜走獣(やそうじゅう)」──暗闇の中、目的もなく走り回る、神の落とし子
4. 仮説──火を嫌う“夜の属性”と、神の槍
ナズナは思い出す。 別件の調査で入手していた、**古代の祭祀具──「炎の神槍(ほむらのやり)」**。
この槍には、炎の神殿から持ち出された際、こう記されていた:
「よこしまなもの、夜より来たるもの、 この槍にて刺されるとき、自らその形を明かし、滅する」
ナズナは、陽咲ニュータウンの夜に立った。
少女の録音した音声を流す。 地面が揺れる──夜走獣が、現れた。
姿は見えない。だが、風が引き裂かれ、闇が割れていく。
その瞬間、ナズナの手の中で、槍が自動的に動き出す。 狙いも、構えも不要。
“正義”ではなく、“自動判定”。 この槍は、夜を走る存在にだけ反応して貫く。
爆ぜる炎の光と、空間がひしゃげるような咆哮。
翌朝、そこには何も残っていなかった。 ただ、少女の家の前のアスファルトに、長く焼け焦げた爪痕だけが刻まれていた。
5. ナズナの語り──それは、“神から逃げた存在”だった
私の仮説が正しければ、あれは神ではない。 神に飼われていた“存在”が、檻から抜け出してしまっただけ。
“ペット”という言葉に違和感を覚えるかもしれない。 だが、かつて神がすべてを支配していた時代、彼らの傍らには“異形の眷属”たちがいた。
その一部が、封印からこぼれ落ち、 誰にも見つからないまま、この現代を走っている。
そして私は知っている。 夜走獣は一体だけじゃない。
この世界には、まだ──
“神のペット”が、何頭か逃げ出している。