
ゲーセンの幽霊スコア──ナズナ、最後の挑戦を受ける
1. 事件──夜にだけ動く筐体
その依頼は、寂れたアーケード街の端にぽつんと残るゲームセンターからだった。店主は70代の男性。もう客も少なく、毎晩ひとりでカウンターに座るのが日課だ。
「夜中にね……ひとりでゲームしてる子どもがいるんですよ。姿は見えたり見えなかったり。でも確かに、ゲームが動いて、ハイスコアも更新されてる」
深夜2時、閉店後のゲーセン。電源の落ちた筐体。なのに、その中だけ光が灯り、音が鳴る。誰かが、そこにいる。
ナズナは、古びた筐体に残された名前に気づいた。
──NAZUNA
「……懐かしいな、ここ。あの頃の、居場所だった」
2. データ収集──ゲーセンという“逃げ場所”
今、子どもたちは家でゲームができる。スマホで、Switchで、YouTubeで、なんでも簡単に遊べる時代だ。だけど、ゲーセンには、そこでしか感じられない“空気”がある。
- 大人も子どもも関係ない。上手い者が強いという明快なルール
- 音に包まれて、現実の不安が消えるような錯覚
- 家庭にも学校にも居場所がなかった人たちが、ただ黙ってボタンを押してる
ナズナもそうだった。誰にも言えない寂しさや、どこにも収まらない自分を、この音の海で溶かしていた。
3. 出会い──「なあ、姉ちゃん。強そうやな」
明かりの落ちた店内。1台だけ光るパズル筐体の前に、誰かが座っていた。
「なあ、姉ちゃん。ゲーム強そうやな。……やる?」
声は小学生ぐらいの男の子。髪は少し伸びて、服も時代遅れだ。彼は人懐っこい笑顔でナズナを見た。
「このゲーム、本命ちゃうねんけどな。ウォームアップや、ウォームアップ」
自然な関西弁。けれど、どこか年齢より大人びた声。ナズナは黙って、横に座った。
ふたりで遊びながら、ぽつぽつと会話が始まった。
「……家、あんま帰りたくないねん」
「ママな、いつも怒ってる。仕事しんどいんやろけど……俺が話しかけても、ため息つかれて終わり」
「パパは……おらん。もう何年も会ってへん」
「帰ってもテレビの音しかせんし、ごはんも一緒に食べへん」
「そやから、ついコンビニで時間つぶしてまう。外のほうが落ち着くねん」
「学校も……まあ、つまらんよ。話す子おらんし、先生にも『もっと元気出せ』とか言われるだけ」
「休み時間は本読んでる。静かにしてたら、誰も文句言わんしな」
「たまにそれでも、『なんでそんな暗いん?』って笑われんねん」
「……ほっといてほしいだけやのにな」
「でもな、ゲームはええやん。ボタン押したら動くし、無視もされへんし」
「誰かに気ぃ使わんでもええ。勝つか負けるか、それだけや」
「自分のうまさがそのまま出るって感じ。……だから、ここ好きやねん」
ナズナは、ただ黙って頷いた。彼の言葉は、静かに心の奥をノックしていた。
「……好きな子も、おったで」
「クラスの女の子。おとなしめで、本好きで……話しかけたかった」
「でもな、俺、うるさいやつって思われてたし。『あいつが近寄ってきたらウザい』とか、思われたら嫌やん」
「そんで、何もできんまま卒業してもうた」
「俺な、よう考えたら、ずっと誰にも“ちゃんと”話聞いてもらったことなかったかもしれん」
「親も、先生も、友だちも。……誰にも、ほんまのこと、言えんかった」
「やから今こうして話してんの、ちょっと不思議やな。……姉ちゃんは、何も言わんと聞いてくれるし」
筐体の画面は、さっきから“ゲームオーバー”のまま止まっていた。けれど、ふたりともそれに気づいていないようだった。
ナズナは静かに、手元のレバーを見つめた。
「……わかるよ、昔ここにいたよ。」
筐体の光が、ふたりをぼんやり照らす。
4. 勝負──「そろそろ、本気でいこか」
数ゲームを終え、彼がふと真剣な顔になった。
「そろそろ、本気で勝負しよか。……姉ちゃん、あのトップスコア出したの、姉ちゃんやろ?」
「ずっとな、それだけが目標やった。ここ来て、何回もやって、何回も負けて、また来て。姉ちゃんのスコア、超えたら成仏できる気がしてん」
「……そんで、もし勝ったら。なんとなく、認められたような気ぃするやん?」
ナズナは、静かに立ち上がった。
「……本気でいくよ。加減、しない」
勝負は一瞬だった。ナズナの操作は無駄がなく、正確。結果、彼のスコアを大きく超えて、終了。
「……あー、ボロ負けやな(笑)」
彼は、少し照れたように笑った。
5. 本音──「勝ち負けちゃうねん、きっと」
「なあ、姉ちゃん。ほんまはな、俺──ゲームやなくて、たぶん……」
「誰かに、話聞いてほしかってん。ずっと、誰にも言えへんかったから」
ナズナは、静かに聞いていた。
「俺な、生きてるときも、なんで自分が生きてるか分からんかった」
「学校でも浮いてたし、家では怒鳴られるし、ひとりでずっとゲームしてた」
「けど……そんなん誰にも言えんかったやん。『甘えや』って言われるの嫌でさ」
「姉ちゃんは、違うな。なんか分かってくれそうやから、嬉しかってん」
沈黙。ナズナは、目を閉じて頷いた。
「……わかるよ。わたしも昔、ここで同じだったから」
6. 消失──「また会えたらな」
彼は、立ち上がった。
「そろそろ、行くわ。ありがとうな」
少しだけ、照れくさそうに言う。
「あ、もし生まれ変わったら……姉ちゃん彼女にしてもええで?可愛いからちゃうで 姉ちゃんええやつやもん 笑」
「俺、がんばって生きてみるわ、次は」
その瞬間、筐体の光がふっと消えた。そこにはもう、誰もいなかった。
7. あなたに託す(ナズナの語り)
ナズナはひとり、静かに帰路につく。彼がいた場所を想起しながら。
「誰かに、聞いてもらいたかっただけ──それで救われることもある」
ゲーセンは、いまも街の片隅にある。家庭にも、学校にも、居場所がなかった子が、ボタンを押す音だけを頼りに、自分と向き合う場所。
「あの子のこと、忘れないよ。彼が残したのは、ゲームのスコアじゃなくて、“声”だったから」