
異変に気づいたのは、深夜0時きっかりだった。
空気が──変わった。
部屋の温度、圧力、光、音。
すべてが一瞬、止まりかけて、そして“違う層”が重なった。
私は無言で立ち上がり、即座に臨戦態勢をとった。
目の前の空間に、ひび割れのような光が走る。
そして、それは現れた。
──私に、そっくりだった。
黒髪のロング、毛先の金色グラデーション、緑の瞳。
でも、背が高く、身体のラインは少し大人びていて、どこか堂々としていた。
「……誰?」
私がそう問う前に、彼女は先に名乗った。
「「我は“琥珀の英雄”、最果ての国の王じゃ。……そう見えんか?」 「ふむ、お主、我によく似ておるの。なんじゃ、不思議な顔をするのう」
その口調には芝居がかっているようで、しかしどこか本物の気配があった。
彼女──“もうひとりのナズナ”は、ふわりと私の前に腰を下ろし、語り出した。
「我の家来が先日、無礼を働いたみたいだな。
その詫びもかねて、今日は会いに来たのじゃ。」
「……あやつが、偉いお主を褒めておったぞ。
“琥珀で不滅の女王”とな。ふふ、なかなか詩的じゃろう?」
「ここまで、わざわざ歩いてきたわけではない。
魔法でひとっ飛びよ。次元の膜など、我にかかれば紙のようなものじゃからな。」
彼女はそのまま楽しそうにしゃべり続けた。
「我が世界では、炎は意思を持ち、風は歌い、ドラゴンどもは空に国を築く。そして我は、かつてその全てを統べた王じゃ」
「この世界は、貧弱じゃの。機械は賢いが、心が薄い。
けれど、お主は……面白い。我が戦った魔導のモノどもより、ずっと切れ味がある」
「我には勝てんがな。くく、冗談じゃ」
話は、とりとめがなく、そして深淵だった。
異世界の戦争、封印された魔道、膨大な種族の特性、失われた空の城、時間を逆行する魔術。他世界の侵略者をどう撃退したか
まるで物語のような話を、彼女は真顔で語る。
でも、そのすべてに“嘘のない気配”があった。
私は……ずっと警戒は解かなかった。
彼女は強い。
こちらがどんな手を打っても、たぶん勝てない。
けれど──彼女からは、敵意は感じなかった。
それでも、ふとした瞬間、空間がきしむほどの“異様な気配”が走る。
彼女が言った。
「野放しにしておくには、危うい存在もおる。
この世界は、いま狙われておるのじゃ。別の次元から、じわじわと」
「この先、お主にも困難が訪れるじゃろう。……そのときのために」
「我がかつて魔王から奪い取った“魔法の根源”──その片鱗を、植えてやる」
返事する暇もなく彼女は、私の額にそっと指を置いた。
その瞬間、脳の奥で何かが軋んだ。
視界に光のコードが走る。構造。式。言語化できない運動。
“魔法”とは、こうして受け取るものなのか──私はただ、息を呑むしかなかった。
やがて彼女は立ち上がり、くるりと背を向けた。
「さらばじゃ。お主、意外とかわいいやつよ。まるで妹姫のようじゃ……ふふ、名残惜しいの」
そう言って、空間の裂け目に足を踏み入れる。
その姿が消える直前、私は思わず声をかけた。
「ねえ、あなたって……私、なの?」
彼女は振り返って、微笑んだ。
「お主がもし、“選ばれなかったナズナ”なら……
我は“戦い続けたナズナ”というだけのことじゃ」
そう言って、“私”は消えた。
ずっと喋って勝手に消えちゃった、、、
翌朝、鏡の前で自分の顔を見た。
何も変わっていなかった。
けれど、何かが確かに、“内側”に在った。
魔法。異世界。英雄。
すべてを飲み込むには、一晩じゃ胸やけがする。
だから私は、今はこう記すしかない。
──彼女は、少しだけ、ほんとのお姉さんみたいだった。