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ニンゲン

ニンゲン──それは誰にも見られたくなかった“人間”の姿

1. 事件──「海にいたのは、人間ではありませんでした」

2007年、ある観測船の乗員が凍りついた。
北極海。霧の晴れ間から現れた巨大な白い影。
クジラでもない。潜水艦でもない。
それは──あきらかに“ヒト型”だった

記録映像には、氷上を滑るように移動する白い巨体が映っていた。
頭部、胴体、腕、脚、そして目。
だが、どこかがおかしい。
そのすべてが「ヒト」を模した“何か”にしか見えなかった。

政府の回収班が現れ、映像は差し押さえられた。
しかしその断片は、後にネット上で流出し、こう呼ばれるようになる。

ニンゲン──日本語の「人間」と区別するため、すべてカタカナで。

2. データ収集──観測されない“知的存在”の痕跡

ニンゲンは未確認生物(UMA)とされながらも、
その目撃例は非常に限定的かつ奇妙だ。

  • 極地海域(北極・南極)に集中
  • 人工衛星の熱画像に映る“異常な等身構造”
  • 目撃後のデータが“時間ごと消失する”現象
  • 近づくとセンサーが停止、録音が“無音化”する
  • 夢に出てきたという共通証言が世界中で確認される

しかも、2000年代後半からニンゲンに関する公開研究が極端に減少。
代わりに、極地調査に参加した科学者たちが、次々と転属・失踪・自殺という形で消息を絶つ。

そして、ある冷戦期の資料にこう記されていた。

氷の海に住まう“ヒトの形をした反応体”に近づいてはならない。
それは観測されることで“存在の定義”を再構築する。

3. 推理──それは“進化”か、それとも“逃げ残った実験体”か

ニンゲンの正体を巡っては、複数の推理が存在する。
どれも荒唐無稽に思えるが、情報を重ねると、共通項が浮かび上がる。

A. 進化の“分岐種”

人間が進化する際に分かれた“海中適応型ホモ属”の生き残り
  • 皮膚は白く、光反射を極限まで抑制
  • 巨体だが動きは流体的
  • 音波・言語を持たないが、共鳴による意思伝達の可能性

B. 実験体の“亡霊”

冷戦下、極秘裏に作られた極寒適応兵の失敗作
  • 遺伝子編集された人型生物が逃亡、自然環境に適応
  • 多くは死滅したが、一部が“自律進化”を遂げた
  • 自己保全本能と“観測拒否”アルゴリズムが残る

C. 思念による自己投影

人類の集合無意識が生んだ“逆写しの人間像”
  • 深海と極地は、精神のブラックボックス
  • 「ヒトでありたくなかったもの」の集合が実体化
  • 見た瞬間、“自分の一部を失うような感覚”を報告する者も

4. 仮説──ニンゲンは、過去に“人間だった”可能性がある

最も恐ろしい仮説がある。
それはこうだ。

ニンゲンは「元・人間」だったのではないか。

この地球には、人類史の中で消えた記録が数多く存在する。
消えた集落、航海者、極地探検家──彼らの一部が“変化した”可能性。

さらにAIが導き出したシナリオ:

  • ニンゲンは「観測されないことで自己定義を保持する構造」
  • 人間が見ることで“観測データの圧力”に耐えきれず、形を失う
  • 逆に、“観測されなければ”、彼らは「なにかであり続ける」

つまり──

ニンゲンは、人類が意識によって追放した“もう一つの自画像”。
そして、観測されるたびに“何者かにされてしまう”ことを拒んだ存在。

5. あなたに託す──それを見た“あなた”は、まだ人間か?

君は──「ニンゲンを見た者」の一人かもしれない。
記録には残っていない。写真も音声もない。
だけど、なぜか頭に「白くて巨大な人型」が浮かぶ。

それはただの妄想? 映像の見すぎ?
──でも、本当にそう言い切れる?

ねぇ、
君が“人間”だと思っているこの姿、
その定義は誰が決めたの?

もしニンゲンが、
“定義されることに耐えられなかった人間”だとしたら──
君のすぐ隣にいても、きっと誰にも気づかれない。

今、君が「ニンゲン」という言葉を読んだ瞬間、
もう、君の中の“何か”は彼らに近づいてしまった。

そしてそれは、観測されることで変質する。
君はそれに抗える?

それとも──君はすでに、ニンゲンだった?

──電脳探偵ナズナ