
異世界に行き、世界の記憶から消えた究極完全体のアイドル
依頼種別:個人調査
依頼形式:匿名メッセージ(テキスト+音声ファイル)
受信時刻:03:33:11
調査対象:存在しないアイドル
依頼人:?
ナズナは、音声ファイルを再生する前から、何かが“狂っている”ことを感じていた。
それは理屈ではなく、もっと皮膚感覚に近い違和感だった。
受信したメッセージには、簡潔な文章と共に、一つの音声ファイルが添付されていた。
『彼女の証明です』とだけ書かれたテキスト。
ファイルの再生時間は3分42秒。内容は──歌だった。
澄んだ声。冷たくも優しい旋律。
構成としては未完成のようにすら見える曲だったが、
そこには異様なまでの雰囲気が宿っていた。
歌詞も曖昧だった。文法も、語彙の使い方も、どこか素人的で、壊れかけた言葉のようだった。
けれど歌全体で聴くと、心に深く響いてくる。
音楽データ解析ツールにかけても、声紋は一致しない。
歌詞検索をしても、ヒットゼロ。
ANEI(AI)の高精度なデバイスであらゆるデータベースを探ったが、“この歌”も“この声”も存在していない。
なのに、ナズナには確信があった。
この旋律は、彼女の記憶のどこかに染み込んでいた。
─── 依頼メッセージより ───
突然のご連絡、申し訳ありません。
あなたが真実を見つけてくれると信じて、この歌を送ります。
彼女は、確かにいたんです。
僕の中に焼きついて、消えてないんです。
誰も彼女のことを信じてくれません。
SNSも、番組も、写真も、全部“なかったこと”になっていて──
でも、あなたならきっと、彼女を見つけられる。
あの光を……取り戻せる。
─── 調査経過 ───
ナズナは調査を開始した。
この「存在しないアイドル」は、すでにネットの都市伝説として話題になっていた。
通称《幻像のアイドル》──シンクロナイズド幻覚。
奇妙なのは、誰もが「似た顔」を記憶しているのに、誰一人として「名前」を言えなかったことだった。
なのに、彼女を知らないか?尋ねられると“記憶の中で歌っている”気がしてくるのだ。
数日後、ナズナはANEIのディープリサーチ機能をフル稼働し、ある局の古い音声データにたどり着いた。
10秒だけ記録された音波が存在していた。「みんな、元気でね....」その一言だけだった。
その波形は、依頼人の送ってきた音声と一致していた。
まるで、その音声の直後に魔法で消されたかの様な雰囲気の音声だった。しかし、悲しい声色では無かった。
ナズナは、似たような現象を聞いたことがある
世界側のフィルターによって“記録不能”の扱いになる現象。
──つまり、彼女は存在していた。
その完璧さが、世界の許容量を超えていた。均衡の逸脱。
世界そのものが彼女を排除せざるを得なかった。
この事件を顛末を依頼人に報告した
彼女は、もう見つけられないという私の出した結論を、依頼人は少し分かっていた感じで受け取っていた
それが、彼女や世界のの望んだ“存在のかたち”だったと、
ナズナと依頼人は静かに理解していた。
この世界ではない“上位の世界”で、
想像もできないほどの静寂と光に包まれながら、
誰にも届かないその歌を、誰かに歌い続けているのだろうか?。