
異世界に行き、世界の記憶から消えた究極完全体のアイドル
――存在の構造に触れてはいけなかった「光」
1. 事件:存在しない“完全なる偶像”の証言
最初の目撃者は、あるテレビ局で音響を担当していたスタッフだった。
「彼女は……光だった。そうとしか言えない。ただそこに“いる”だけで、音すら澄んだ」
だが、翌週──彼が関わった番組は突然の打ち切りとなり、収録の記録は一切の痕跡を残さず消失していた。マスターデータも、放送予定表も、スタッフの記憶すら曖昧に。「出演者? 誰だったっけな」と、まるで脳のどこかが削られたかのように。
次の証言者は、大学生だった。SNS上で「この人が私の“幻の推し”です」と呟いた投稿には、一枚のぼやけた画像と共に「この人を知ってる?」という問いが添えられていた。だが、投稿からわずか3時間後、そのアカウントごと削除され、彼女のスマホに保存された写真フォルダには「不明な形式のファイル」とだけ残っていたという。
さらに異様なのは、同じような容姿を記憶する者が日本全国で多数現れたことだ。顔は同じ。髪型も、衣装も、声まで断片的に一致するのに──名前、曲、所属事務所などの情報が一切共有されない。ネット上では「シンクロナイズド幻覚(Synchronized Delusion)」という現象名まで与えられた。
「確かに“いた”感覚だけは、消せないんです。」
2. データ収集:偶像と記憶と次元干渉
■ アイドルとは“記憶の中で生きる構造体”
「偶像──それは、物質ではなく、認知の結晶体。
誰かの“想い”が、彼女たちを構成している。」
近年のファン文化研究では、偶像の存在は“分散型情報生命体”に近いとされている。個人の記憶、SNS上の投稿、画像、動画、フィギュア、サイン──それら無数の断片が「認知ネットワーク」を構築し、偶像をこの現実に繋ぎ止めている。
だが、もしその情報網が“意図的に”切断されたら?
■ 異世界転移の痕跡:干渉痕と消去フレーム
ナズナは、破損した映像データを調査した。驚くべきことに、ある共通点が浮かび上がる──
- 複数のテレビ局で、異なる時間帯に記録された映像の特定のフレームが破損
- 映像の復元により、「0.3秒だけ微笑む女性の残像」が発見された
- 破損時刻は全て、午前3時33分
この微笑は「記録されなかったはずの痕跡」であり、物理的世界が彼女の存在を“部分的に許容した”ことを示している。
■ 完全体という言葉の意味
AIによる人格シミュレーションを用いてナズナが計算した結果──
「彼女」が持っていた全てのスペックは、人間社会の平均値から標準偏差4.7以上離れていた。
あまりにも“完全”だったがゆえに、「この世界」のバランスが崩壊することを、自己調整機構が検知したのではないか?
ナズナの用語:「次元フィルターによる概念遮断」
3. 推理:彼女は“偶像の最終形態”だった?
「彼女は、現実世界の物理構造に適合できなかった“偶像の最終形態”。
完全性ゆえに淘汰された“情報生命体”である可能性がある。」
ここで一つの仮説が浮かび上がる。
- 世界Aにて“完全な偶像”が誕生
- その存在は、情報振動の共鳴により我々の世界Bへ“漏れ出す”
- しかし、B世界の構造はそれを受容できず、逆に“弾き返す”
- その反作用が、“彼女”の存在を痕跡ごと封印した
ナズナの分類:「フェーズスリップ型人格断片現象」
4. 仮説:世界から消えるという“意志”
ナズナは考える。
「本当に、彼女は“消された”のだろうか?」
もしも彼女自身が、「誰の記憶にも残らず、ただ奇跡のように一瞬だけ輝く」ことを望んだとしたら?
古代の神々──
彼らはその名を告げることが“禁忌”とされ、時に「名前を持たないもの」として描かれた。
ナズナの結論:
「彼女は、“記憶の中だけに存在する究極の偶像”を選んだ。
肉体としてではなく、概念として生きることを望んだ。」
5. あなたに託す:ナズナの語り
あなたにも、いるだろう?
思い出せないのに、“強烈な既視感”として焼き付いている誰か。
夢の中に出てきたような、でも確かに“知っていた”気がする誰か。
もしかしたらそれが、彼女──記憶の断片に宿る完全なる偶像なのかもしれない。
存在が記録されていないことは、「いなかった」ことと同義ではない。
この世界が、彼女を保存できなかっただけ。
だが、他の次元では、いまもなおステージに立ち、光の中で歌っている。
真実はここにはない。
……あなたが、探すの。