
七月の花嫁
── 第一章:七の年、七の月
「“七”の年、そして七月。白無垢の花嫁たちは山入りする」
そう語ったのは、依頼人・佐伯まゆり(19歳)。
彼女は、地方の山間にある消滅集落「羽集村(はじゅうむら)」の分家筋の出身だった。
まゆりがナズナに依頼したのは、幼少期から祖母に刷り込まれてきた“ある風習”の真偽だった。
「七がつく年の七月、山の神に嫁ぐために、何人かの娘が白無垢を着て山に入る」
失踪した女性たちの写真、名簿、それを偶然見つけたまゆりは恐怖に陥った。まゆり自身が“次に選ばれるかもしれない”
2027年、彼女が21歳になる年。それは“嫁入りの年齢”に達するとされる年だった。
── 第二章:羽集村の記録
ナズナが現地に到着すると、羽集村は既に"ほぼ"廃村扱いだった。
だが、風習は生きていた。空き家はどこもボロボロだが玄関先の信仰に用いる祭壇や道中の祠には多くの供え花があり、村人の祈りは生き続けてることがわかる
ナズナはまゆりに事前に教えてもらった、村で一番信仰されている祠に行くことにした。村長には歴史的資料の撮影を行っているものと名乗った、一つ返事で承諾され誰も同行さえしなかった。既にほとんどが高齢者で、わざわざ山奥の祠までついてくるのは困難だからだ。村人の中年層(まゆりの両親など)は日中は村の外に稼ぎにいっているようだ。
ナズナは険しい山道をやっとの思いで歩き、祠に到着した。
雰囲気はある、村人全員が何世代もこの場所を拝むだけの厳かさとそれだけの祈りが蓄積した念みたいなものが冷たい空気を纏って祠に張りつめている。
ナズナは祠の奥に桐箱を見つける、躊躇わず開封すると、そこには古い巻物があった。
その巻物には、朱と墨で描かれた異形の神と、
無数の白無垢の少女たちが並ぶ儀式絵図。
中央に描かれていたのは、
――縫結(ぬいゆい)の神・ユスナヒ。
顔の代わりに縫い針のような目、
胸元から紅い糸が無数にのび、花嫁たちの胸へとつながっていた
「土着信仰か?聞いたことがある.....ユスナヒ」
背後には、こう記されていた:
「此神、境をこえし女を喰らいて、名を奪い、姿を結ひて、還らず」
── 第三章:七月七日の夜
まゆりの手記には「年は関係なく毎年七月七日の夜、行列が現れる 本番の山入りの予行 次の本番は2027年」と記されていた。
ナズナはこの手記を見て目を細める......西暦か....
まゆりはこの行列を撮影できれば、証拠にできるとタイミングを合わせ依頼してきたのだ。明日がその七月七日。ナズナは監視装置とドローンを用意し、山の神社の前に待機。
その夜。
白無垢の衣装を着た複数の女性たちが、列をなして山奥へ歩いていく姿が確かに見えた。
だがその瞬間、録画装置の記録が“全て白飛び”する。
「これは.....」
唯一、古い鏡のレンズを通したモニターだけが、儀式の様子を映していた。
それは──
少女たちが自ら笑って進んでいく姿だった。そこには恐怖や悲しみは一切なく皆ニタニタ笑っているのが逆に不気味だった
── 第四章:帳面
山奥の祠には隠し通路の様な仕掛けがあり、ナズナは事前にそれを発見していた。そこにあった古い木箱にはもうひとつの帳面があった
昭和52年 花嫁:森田さゆり → 神田医院就職 平成9年 花嫁:小山瑠璃 → 文化服装学院合格 令和2年 花嫁:羽集まい → 東京某社入社予定
ナズナはSNSアーカイブで、花嫁とされた人物のアカウントを発見する。
そこには音楽投稿と共にこう書かれていた。
この曲は、昔いた田舎のことを思い出して作りました。
みんな、あの時“ありがとう”
私達だけ出て行ってごめんね。ただ、自由に生きたかっただけなの。
── 第五章:共犯の祈り
ナズナは完璧な答えをすでに完成させていた。
この村の土着信仰はでっち上げだ、それが結論
まず、末尾が7の年というのは西暦と元号それだけで変わってしまう曖昧なもので人間の認識が優先になった考えだ、どこかのタイミングで事実が創作に変わった瞬間に西暦に変わってしまったのではないかと考える。 私が隠し通路で見つけた帳面から見るに、山入りした女性は都会に出て大半が普通に生活している。決して山入りして消えたのではない。恐らく幾人かがユスナヒを口実に都会に出たかったのだろう。 この村の状況を考えれば全員が出てしまえば、間違いなく廃村する。故に希望者を抽選形式にしてユスナヒの嫁という村の犠牲を演出すれば、村の者からは崇められ、娘の家には多額の金銭が送られ、本人たちは憧れの都会にも 出られる。これは女性たちが結託してる、どこかの年代からの女性たちがユスナヒを自分たちの自由の道の為に利用している。 きっと私に依頼したのも探偵がつかんだ証拠の説得力は村長陣達(村のご老中)に決定的なアピールへ繋がるからだ。
ナズナが見た行列の映像が白飛びした件については、この村の白無垢衣装に光反射材(反射ビーズ加工)や、硫黄を含む和紙成分が用いられており、
赤外線や強い照明を照射された際に、異常な光の跳ね返りを起こす仕組みになっている。旧タイプのレンズは仕組み的に"間接的視認"で鏡越しの映像、映像の再映像だから撮影できた
つまり、村の女たちは意図的に、「カメラに写らない花嫁衣装」を作っていたのだ。
この技術は、実は古くから伝わる“反監視衣装”としての性質を持ち、
「神聖な花嫁の姿は、俗世に記録されてはならない」という信仰的思想と共に、
現代的な実用性を持って受け継がれていたと考えられる。
ナズナが事実を告げたとき、まゆりは静かにうなずいた。
そして諦めたように喋りだす
「ミスしちゃいましたね、数多いる探偵さんの中から、これ程の探偵さんを選んでしまうなんて運が悪いや....はは」
少し笑いながらも悲しい顔をして自白しだす
「……知ってました。母も、祖母も、“出す側”だったから。」
まゆりの声は、静かだった。でもその奥に、わずかに震えるものがあった。
「娘を“出す”ことで、家には金銭が入る。
それは昔から続いてる、そういう“仕組み”だったの。
「誰かが嫁ぐことで、誰かが助かる。
ユスナヒ様なんて、本当はいないって女たちはみんな知ってたのよ」
「この村が廃村しないのは、村長含め一部の昔の人間が膨大な資産をもっているからなの、それに逆らうなんてできるわけないじゃない」
まゆりはゆっくりと目を伏せ、何かを押し殺すように言葉を継いだ。
「“ユスナヒ様のせい”にしていれば、誰も責められないんだもん。
逃げたくて、逃げたくて、本当はただ都会に行きたかっただけの子たちを、
“花嫁”って名前で私たちは包んであげただけなの。
そうすれば、後ろ指をさされなくて済むから。
そうすれば、選ばれなかった子達も、彼女たちに願いを託す手伝いをしたって納得できるから」
そしてまゆりは、ナズナの方を見た。瞳の奥に、微かな怒りと誇りがあった。
「私たち、ずっと“嘘”を信じてきたんじゃない。
“嘘を守ってきた”の。命と自由の逃げ道として。」
ナズナは黙ってまゆりを見つめる
「探偵さん、もう依頼は完了です。個人情報は一切口外しないでください。もしすれば......
年端もいかぬ少女の気迫は今までの依頼で見てきた異常者を圧倒するほどの物だった
「あぁ.......言わないよ。面倒ごとに巻き込まれに行くほど私は暇ではないよ」
ナズナも一応引かない態度を取っていた、依頼を利用されたことに珍しく少しだけ腹が立っていたからだ。ナズナの中で依頼は特別なのだ。
それにしても、今回は面倒な事に首突っ込んじゃったな.....はぁ.......二度と関わることはないが、関わらせることもない
「じゃあ帰るよ」
ナズナはそう言い残し、すぐさま車へ戻ろうとした
その瞬間まゆりが立ち去ろうとするナズナに言った
「あっ....ありがとう.....ございました....すみません.....でした
最後に見た彼女の瞳は年相応の少女のものに戻っていた。だが、一瞬だけ、光の反射のせいか──
彼女の面影が、巻物で見たユスナヒのように見えた。それはまるで、白無垢の花嫁たちを従える“誰か”のようで──
この村に神などいなかった。いや、昔は本当に存在したかもしれないが、現在は神様を必要とした“女たちの祈り”があった。
それが、真実だった。
それは、誰かがこの場所から、生きたまま逃げるために縫った“神話”だった。
── 終章:糸の余韻
東京に戻ったナズナの郵便受の中
返却したはずの“巻物”が、何故か入れられていた
そして、その裏面には見たことのない一文が追加されていた。
ナズナちゃん。今度は、あなたが縫う番ですよ
……赤い糸が、はらりと机の縁に垂れていた。
女性たちの願いを邪魔した私を、何者かが“敵”とみなしたのだろうか。
願いの裏に潜んでいた黒い“何か”──それにナズナは寒気を感じた。