
メタバースに現れるくねくねを鎮めるための秘儀
VRクリエイターから直接送られてきた短いメッセージ。ログデータの先に添えられていたメモは、こうだった。
「あの奥に……白い“何か”が立っている。絶対にモデルデータには入れてない。なのに、いる。見た瞬間、気分が悪くなった。……そして、そこから、記憶が曖昧なんです」
ナズナは送られてきたセッションログを解析した。場所は市販VR空間のサンドボックス領域──ユーザーが視線をほとんど向けない“隅”。
そこでは、“何か”が揺れていた。関節のない身体を“水のように”ねじるように。異常は、「見た」瞬間から始まっていた。
- 背景が粒状に乱れる
- アバターの肘が逆関節で固定される
- 音声フィードに不可解なノイズが走る
ログには何も残らない。だが、“体験した”という事実は、確かに存在していた。
──── ナズナの仮説:それは構造の“外”から来た
都市伝説の“くねくね”──田舎の川辺に現れる白い存在。共通点は「見てはいけない」。
ナズナはそれが「仮想空間」に現れ始めたことに、別の恐怖を感じていた。仮想空間とは、本来“誰かが作り上げる”事で成り立っている場所。その構造の“外”から侵入してきた何か──。
──── パラサイン:観測から逃れる儀式
ナズナは複数の被害者ログから、“共通波形”を抽出した。視認と同時に脳波が急変していた。
- α波の消失
- θ波の断裂
- γ波の無秩序な上昇
一部ユーザーは、無意識に“数列”を唱えていた。
「1、1、2、3、5、8、13──」
フィボナッチ。自然の“均衡の揺れ”。
何故だ?何かの影響が間接的に数字を唱えさす結果となっているのか?
では、反対、もしくは無関係を唱えれば回避できるんじゃないか?対症療法的に
ナズナはこの“反対の波(もしくは無関係)”をパラサイン(逆相符号)と名づけた。
パラサイン儀式 ── 手順:
- 音声出力を完全シャットダウン
- パラサインを心の中で繰り返す(例:昔の記憶など、強い感情でありながら、正常な時期の記憶を想起したりする。今までの膨大な正常の無意識の積み重ねに、単発の異常は勝てないと仮定する)
- “視界の端”にそれを置いたまま、意味を捉えない訓練を行う
- 意識を“それのいない空間”に移動させる
くねくねは“意味をつけた瞬間に”現れる。
──── 最後の記録:ナズナの語り
「もしかしたら、見たから壊れたのではない。
壊れてるから見るのだ、それを現実に引き戻す応急処置ってとこだな........」
「メタバースは、私たちの知覚の拡張。
そして、心やそれ以外の未知の揺らぎが映る“鏡”でもある」
「そこに現れる異形は、まだ名前を持たない何か。
観測とは、責任だ。見るならば、“見ることの意味”を背負いなさい。それが嫌なら好奇心で変な事には近づかない。安全と保障された道だけを進みなさい」