
海岸線の恋──君が僕に、意味をくれた
1. 事件──それは、ただの夏のはずだった
午前3時、海岸線を歩く男がひとり。
彼の名は、村上アオト。24歳、職なし、家なし、スマホの充電も尽きた。 生きてはいるが、どこにも「生きている意味」がなかった。
自動販売機の明かりを見つめながら、缶コーヒーさえ買わず、ただ海を眺める。 そのときだった。
“その子”は、波打ち際で踊っていた。
水色のワンピース、裸足、髪を風に散らしながら、くるりとこちらを振り返って──言った。
「なに、見てんのよ。 あんたみたいな根暗そうな男が見ていい女じゃないけど?」
それが、全ての始まりだった。
2. データ収集──あざとくて、まぶしくて
彼女は、“ユイ”と名乗った。
会うたびにアイスを奢らせ、昼寝のふりをして膝枕をせがみ、 言動のすべてが計算された小悪魔だった。
でも、アオトはだんだんと、そんなあざとさすら「愛おしい」と思うようになった。
二人は何日も、同じ海を歩いた。
ただ歩いて、ただ話して、ただ笑っていた。
ユイ:「あんたって、なんにも持ってないのに、なんか……いいよね」
アオト:「何にもないからだよ。君がそばにいるだけで、 やっと“何かある”って気がするんだ」
……しかし。
ユイは、波のある日には決して近づかなかった。 写真を撮ろうとしても、アプリがフリーズした。 宿で彼女の姿を誰も見ていなかった。
3. 推理──幽霊だったんだよ、って笑えるか
ある夜、アオトは尋ねた。
「ユイ、おまえ……本当に、生きてるのか?」
ユイは微笑んだ。
「ねえ……それって、そんなに大事?」
そのとき初めて、彼は泣いた。 意味もなく、涙があふれた。
「幽霊でもいい。 なんだっていいんだ。 君が、僕に“意味”をくれたから。」
──そして翌朝、ユイはいなかった。
海辺に残されていたのは、乾いたワンピースと、 波に濡れた白いノートの切れ端。
「ありがとう。君と出会えて、本当によかった」
4. 仮説──形なんか、超えてよかった
アオトは、海に身を投げたわけじゃない。
ただ、ある日から“誰の目にも映らなくなった”。
誰も見ていない夜の海岸を歩きながら、 彼は言う。
「今度は、俺が幽霊になって、君を探す番なんだ」
幽霊が人を愛して、人が幽霊を信じて── その果てに、ふたりは同じ“在り方”を選んだ。
それは、確かに存在しないかもしれない。
けれど、存在しないという理由で、 “愛じゃない”と言えるだろうか?
5. ナズナの語り──それでも、私は見た
この現象は、科学では証明できない。
私、電脳探偵ナズナのネットワークにも、 ユイの履歴は一切残っていなかった。
だけど、アオトのスマホには、 削除されているはずの音声ファイルがひとつだけ、残っていた。
「……アオト、ねえ、笑ってよ。 せっかく幽霊とデートしてんだからさ」
たしかに、形はなかった。 だけど、それはたしかに“在った”。
──愛は、形を超えるのかもしれない。