
海岸線の恋──君が僕に、意味をくれた
ナズナの語り──風に残された、名もなき記録
海辺の街を訪れたとき、古びた宿の主人がこう言った。
「そういえば昔、夜の海で誰かと“話してた男”がいたなあ。
何日も海沿いを歩いて、女の子と笑ってて──でも誰にも、その子は見えてなかったんだと」
興味を持った私は、その町の古い掲示板を調べ、ひとつの書き込みを見つけた。
──“あの夏、僕は幽霊と恋をした”
書き込み主の名は、村上アオト。
住所は不明、携帯番号も繋がらず、SNSアカウントも削除されていた。
だが、ひとつだけ──防水メモ帳の切れ端が、海辺のゴミ拾いのボランティアに拾われたらしい。どうにも、そのメモのシンプルな言葉が何か心を打つモノだったらしく、町内新聞にボランティア記録と共に登載されたらしい
それには、こう記されていた。
「ありがとう。君と出会えて、本当によかった」
私はこの記録を、“観測不能な愛”のひとつとして、ここに残す。
1. 事件──それは、ただの夏のはずだった
午前3時、海岸線を歩く男がひとり。
彼の名は、村上アオト。24歳、職なし、家なし、スマホの充電も尽きた。 生きてはいるが、どこにも「生きている意味」がなかった。
自動販売機の明かりを見つめながら、缶コーヒーさえ買わず、ただ海を眺める。 そのときだった。
“その子”は、波打ち際で踊っていた。
水色のワンピース、裸足、髪を風に散らしながら、くるりと振り返って──言った。
「なに、見てんのよ。 あんたみたいな根暗そうな男が見ていい、女じゃないけど?」
それが、全ての始まりだった。
2. データ収集──あざとくて、まぶしくて
彼女は、“ユイ”と名乗った。
会うたびにアイスを奢らせ、昼寝のふりをして膝枕をせがみ、 言動のすべてが計算されたような小悪魔だった。
でも、アオトはだんだんと、そんなあざとさすらも「愛おしい」と思うようになった。
二人は何日も、同じ海を歩いた。
ただ歩いて、ただ話して、ただ笑っていた。
ユイ:「あんたって、なんにも持ってないのに、なんか……いいよね」
アオト:「何にもないからだよ.....きっと。でも、今はユイがそばにいるだけで、やっと“何かある”って気がするんだ。ありがとうな」
……しかし。
ユイは、波のある日には決して海には近づかなかった。 何かを恐れる様に 写真を撮ろうとしても、アプリがフリーズしたり、宿で彼女の姿を誰も見ていなかった。そんな違和感をアオトは少しづつ感じていた
3. 推理──幽霊だったんだよ、って笑えるか
ある夜、アオトは尋ねた。
「ユイ、おまえ……本当に、生きてるのか?」
ユイは微笑んだ。
「ねえ……もし、幽霊だったら嫌いになっちゃう?」
そのとき初めて、彼は泣いた。 意味もなく、涙があふれた。
「幽霊でもいい。 なんだっていいんだ。 ユイが、僕に“意味”をくれた。ただそれだけでいいんだ......」
──そして翌朝、ユイはいなかった。
海辺に残されていたのは、乾いたワンピースと、 波に濡れた白いノートの切れ端。
「ありがとう。アオトと出会えて、本当によかった」
「ユイ......」
その後、アオトの姿を見た者はいなかった
4. 仮説──形なんか、超えてよかった
アオトは、海に身を投げたわけじゃない。
ただ、ある日から“誰の目にも映らなくなった”。
誰も見ていない夜の海岸を歩きながら、 彼は言う。
「いつか絶対会えるさ、そんな気がする。諦めさえしなければいいだけだ、俺は探し続ける。あの日ユイが俺を見つけてくれて意味を与えてくれた、あんな奇跡が起こるんなら、俺は信じれるよ」
幽霊が人を愛して、人が幽霊を信じて── その果てに、ふたりは同じ“在り方”を選んだ。
それは、確かに存在しないかもしれない。
けれど、存在しないという理由で、 “愛じゃない”と言えるだろうか?
----------------------------------------誰にも気付かれず、海岸に落ちている持ち主不明のスマホには 音声ファイルがひとつだけ、残っていた。
「……アオト、ねえ、笑ってよ。 せっかく幽霊とデートしてんだからさ」
たしかに、形はなかった。 だけど、それはたしかに“在った”。
──愛は、形を超えるのかもしれない。