
その日、ナズナはアイドルになった──一日限りのステージと消えた少女の謎
プロローグ:その依頼は、想定外すぎた
朝、ナズナはいつものようにデータベースを眺めながら、冷えたミルクティーを口に運んでいた。 今日は何か事件はあるだろうか──そんな期待と少しの退屈を抱えていたところに、突然、探偵事務所のドアが乱暴に開かれた。
「すみませんっ! どうか、お力を貸してください!」
泣きそうな顔をした若い女性が飛び込んできた。芸能プロダクションのマネージャーだという。話を聞くと、今夜行われる全国ライブ配信イベントのメインアイドルが、直前になって突然姿を消したらしい。
「でも、なぜ私に……?」
ナズナが首を傾げると、マネージャーは真剣な表情で言った。
「あなた、……あまりにも可愛いからです。しかも、ステージ衣装のサイズもぴったりなんですっ!」
第1章:アイドル衣装、着用。
数時間後。
鏡の前には、ステージ用のドレスに身を包み、髪にリボンを結んだ少女がいた。 探偵帽とヘッドフォンは外され、その代わりにアイドルらしいキラキラのアクセサリーがあしらわれている。
「……私、なんでこんなことに……」
ナズナは深くため息をついた。 でも、ここで逃げるわけにはいかない。 依頼とはいえ、彼女の性格は「受けたからには全力で応える」タイプなのだ。
ライブ会場はすでに観客で溢れかえっている。SNSでは「代理アイドルって誰!?」「可愛すぎてやばい」とナズナのビジュアルが急速に拡散されていた。
第2章:歌いながら、違和感に気づいた
本番が始まる。
ナズナはリズムを掴みながら、振り付けを忠実に再現する。 歌声はまだぎこちないが、観客は歓声を上げ、会場の熱はどんどん高まっていく。
だが、ナズナはステージに立ちながらも、ふとした違和感に気づいていた。
(……ステージの照明パネル、1つだけ同期してない。舞台裏の動線、なぜあんなに警備が薄いの?)
ナズナの頭脳が、次第に“探偵モード”へと切り替わっていく。 このライブには、何か仕掛けがある──そう直感した。
第3章:消えた本物のアイドル
幕間で控室に戻ったナズナは、失踪したアイドル・アユの私物を確認していた。
机の上には誰も見たことのない「クラウドアクセスカード」。 ナズナは即座に解析を始め、そこに残されたログを読み解く。
そこには──
- スポンサー企業の極秘資料への不正アクセス
- 特定の関係者との通話ログ
- そして「ステージ上で暴露する」という計画
が残されていた。
(つまり、アユは……告発のために、ライブに立つはずだった)
だが、それを誰かが阻止したのだ。
第4章:ライブ後半、真実を語るアイドル探偵
後半のステージ。 ライトが当たる中、ナズナはマイクを握った。
「……この場をお借りして、皆さんに一つ、お話ししたいことがあります」
観客はざわつく。
「ある少女が、真実を伝えようとして消えました。私はその代わりにステージに立っていますが、これは偶然ではありません」
ナズナはその場で、企業のデータ操作とアユの勇気について語った。
「本当のステージは、いつだって“真実を歌う場所”であるべきです」
誰もが静まり返った。 ナズナは、アイドルとして、そして探偵として、自分の言葉を放ったのだ。
エピローグ:一日限りのスター、永遠の記憶
ライブの後、アユは無事に保護された。 スポンサー企業には内部調査が入り、事件は公に報道された。
ナズナはというと──
「もう、アイドルなんて絶対やらない……」
とぼやきながらも、ネットには彼女のライブ切り抜き動画が大量に投稿され、「奇跡の代理アイドル」「探偵アイドル」「ナズナ神」といったタグが世界を巡っていた。
その夜、ナズナは一人、探偵事務所で静かに紅茶を飲んでいた。 だが、少しだけ口元が緩んでいるのを、誰も見逃さなかった。
──それが、ナズナが“一日限りのアイドル”になった日の記録だ。