
海岸線の恋──君が僕に、意味をくれた
続編|バカップルのパレード
1. 終わったはずの世界で、もう一度めぐり逢う
風は静かで、波の音さえもやさしかった。
この世界には、痛みがない。だけど、それは決して「なにも感じない」という意味ではなかった。
むしろここには、心が千切れそうなほどの"やさしさ"があった。触れた風が、まるで誰かの掌のようだった。
──再会は、遊園地の観覧車の下だった。
アオトはそのとき、まるで夢の中にいるようだった。
「ユイ……?」
「……え???アオト......???ホントにアオトなの???やっと、見つけたじゃん。のろま!!!」
泣きそうな顔のユイがそこに立っていた。白いワンピース、風に揺れる髪。前と変わらない、あの笑顔で。
「え.......えぇ!!!.......!!!!」
アオトはすぐに気づいた。目の前のユイが幻などでは無い事に
「本物のユイだ....この感じ本物のユイだ!!!やった!!!会いたかった...」
そしてアオトは想う。この世界は前の世界とは違う。ユイの瞳の奥に、悲しみがなかった。
どこまでも透き通っていて、あたたかくて、もう“痛み”を宿していなかった。
アオトは少し泣いてしまう、あまりに嬉しすぎて
そんなアオトと見たユイは、頬を真っ赤にしながらこれまた心底嬉しそうにほほ笑む。一生幸せになるチケットを貰ったかのように
「でも、僕は死んだんだろ?ここはどこなんだろう
「なんで……この世界はこんなに綺麗なんだろう........」
ユイが微笑んで、アオトの手を取った。
「神様からのプレゼントじゃない?」
2. 忘れられた者たちの、楽園
この世界の幽霊達は、自分の姿を“誰かに思い出して貰う”ことで存在を保っている。
誰かが名前を呼んでくれる限り、ここにいられる。
ユイとアオトにはうってつけの場所
生前からお互いの名を、ずっと呼び合っていたからだ。それは世界が呆れるくらいべったりと何度も何度も愛を確かめるように
だから、誰に忘れられようとも、"二人がお互いの意味"である限り決して消えない、そんな場所だ
観覧車に乗ると、空が手に届くほど近づいた。ユイがぽつりと言った。
「前の世界じゃ、好きな物も、夢も、未来も、全部捨てなきゃ生きられなかった。そんな日々の連鎖、ただのちっぽけな歯車だった
でも今の世界の私は……アオトと一緒にいれば何を捨ててもいいと思えるそれだけで“生きられる”」
「生きてないけどな」
「……ばか。そういうのが、もう“どうでもいい”って言ってんの」
「アオトのいじわる......」そういってユイはアオトに抱き着き胸に顔を埋める。大好き過ぎる感情で耳を真っ赤にし目尻はとろーんと垂れ、嬉しすぎる感情でアオトの胸に頭を何度もグリグリと擦り付ける
アオトは黙って、ユイの手を真剣に握りしめた。そこに体温はなかったのに、あまりにも“あたたかかった”。
3. 風になる──海の精霊からの贈り物
ひとしきり再開を嚙み締めた二人は遊園地の奥の海辺を散歩する、風がひときわ静かになった。
そこに現れたのは、海の精霊だった。潮の香りをまとった長い髪をたなびかせ、月光のなかに立っていた。
「あなたたちの愛は、波を静め、風を変えました。
あまりにも美しかったので、この世界へあなたたちを招待しました」
そう言って、浜辺の家を指差し、二人に“部屋”を与えた。
小さなコテージ。
しかしドアを開ければ夢の様な世界が広がっていた
外から見た時より遙に広くて綺麗だ。まるでおとぎ話のお姫様が住むような内装になっている
王様の別荘みたいなリビング、ユイが好きな本だけが並ぶ本棚とアオトが趣味が凝縮された書斎、ふかふかで巨大な二人のベッド、電気を消せば小さな星だって降る
冷蔵庫まである、中身は二人じゃ食べきれない量の豪華な食材がぎっしりと詰まり、つまんで食べるとまた増える
アオトがその夢のような光景を見て言う
「幽霊になったのに、幸せってあるんだな」
アオトがそう言うと、ユイは唇を寄せた。
「常識はわかんないね?ふふ 」
そのまま二人は幸せの絶頂を片隅に見つめ合う
口づけをする........誰にも邪魔されず、ゆっくりとゆっくりと......この世界が恥ずかしくなるくらいに
4. そして今日も、ここに在る
観覧車は、夜の空を綺麗な明かりを灯し回り続けている。
ふたりの亡霊は、笑いながらアイスを分け合い夜の遊園地を散歩する、手をつないで星のブランコにも乗る。
決して消えない、光と影の狭間で。
世界の観測には、この“遊園地”は映らない。
だけど、誰かが海を眺めていると、ふと笑い声が聴こえる事があるという。
それはたぶん、風に溶けた二人の声。
その声は、とてもとても幸せそうな笑い声だったらしい......