
夜の遊園地からの招待状──“カレラ”たちが集う、封印の楽園
1. 事件──「今夜、来なければ捨てる」と書かれた手紙
依頼が届いたのは、午後9時を過ぎた頃だった。差出人は、斉藤隆(仮名)、24歳の男性。
彼の手には、薄汚れた黒い封筒が握られていた。中に入っていたのは、手書きの招待状とただ一行の脅し。
「今夜中に来なければ、大切なものを捨てます」
差出人は、隆の“元恋人”だった。半年ほど前に別れたという彼女から、突如届いたこの異様な手紙。封筒には送り主の名も住所も書かれておらず、切手さえ貼られていなかった。
場所は、とある山間部にある小さな遊園地「アストラランド」。
数年前に閉園が決まり、現在は無人。地元の子どもたちの間では“心霊スポット”として有名な場所だった。
隆は彼女のことを怖れていた。だが、彼女にまだ“奪われたままのもの”があるという。それは、亡き妹との思い出の品。彼にとっては命より大切なものだった。
「どうしても…あの遊園地には行きたくないんです。でも、ナズナさんなら……」
私は、黒い招待状を受け取り、廃園となったアストラランドの正門に立っていた。
2. データ収集──夜の園に“封印”されたもの
ゲートは無人だったが、自動で開いた。まるで、誰かが私を待っていたように。
園内は静まり返っていた。だが、不自然なほどの清潔さ。電力が供給され、照明も点灯していた。メリーゴーラウンドがゆっくりと回り続け、売店からはポップコーンの香りが漂う。
だが、人影はない。
手がかりを探すうち、私は園内の一室──支配人室──にたどり着いた。
そこに残されていたのは、逮捕された支配人の“設計図”と大量のメモ。
・カレラは、ここでしか存在できない。
・だが「条件が揃えば、“召喚”できる。
・アストラランドは、それらを封じ込めるための“器”。
・夜だけ、彼らは動く。
・私は悪魔を閉じ込めたのではない。
・ただ、彼らの居場所を作ってやったのだ。
“カレラ”──かつてネット掲示板で噂され、一時期オカルトマニアの間で流行した謎の存在たち。
「何かを見た」「感じた」「連れて行かれそうになった」という投稿とともに、それらの“実体化の危険性”が騒がれたが、突如としてすべての投稿が消え、話題は消滅した。
支配人は、それらを**召喚し、封印した**と言っていた。そして精神崩壊の末、逮捕された。
3. 推理──カレラたちの「楽園」
私は園内を歩き続けた。観覧車、ミラーハウス、ゴーストトレイン。
どれも無人だったが、動いていた。
風が吹くたび、どこからか笑い声が聞こえた。
観覧車のカゴのひとつには、人の影のような“にじみ”が残っていた。だが触れても何もない。
そう、カレラとは“恐怖そのもの”ではなかった。
**人が忘れようとした記憶、消したはずの執着、罪悪感や後悔**──それらの情報が、ネットロアを通じて姿を得て、夜の園に集まった。
彼らは、生きていた。実体化していた
4. 発見──放心状態の彼女
やがて、私はミラーハウスの裏手で、ひとり座り込む人物を発見した。
隆の元恋人だった。顔は土気色で、目は虚ろ。震えながら、何かを抱えていた。
それは、隆が言っていた“思い出の写真”。彼女はそれを燃やそうとしていたのか、それとも……。
私は声をかけ、救急要請をし、彼女を搬送した。
抵抗はなかった。ただ、ぽつりとこう呟いた。
「……あの子たちが、見てるから……」
5. あなたに託す──ナズナの語り
この事件には、“犯人”はいなかった。
狂った支配人も、嫌がらせをした元カノも、誰かを傷つけようとしたわけではない。
ただ──“忘れたくない夜”が、そこにあった。
そしてそれは、“忘れたほうがよかったもの”だったのかもしれない。
私はあの遊園地の封印を閉じたりはしなかった。彼らの存在を否定もしない。
なぜなら、彼らは──
すごく楽しそうだったから。
アストラランドに封じられた異形種「カレラ」観察録
以下は、遊園地支配人・冬峰理一によって記録された異形存在「カレラ」に関する観察ログの一部である。 各個体は異なる知覚構造と生態反応を持ち、人間の論理では完全な分類が不可能とされる。
■ Specimen CR-03:**ノドメクチ(喉-口)**
- 分類:感情干渉型異形
- 形態:顔が存在せず、首元から大量の「口腔」が連なっている。 各口が小声で“言いそびれた言葉”を反芻している。
- 行動:観覧車付近に出現。無音の空間を好み、音を発する者を追尾する。
- 被害例:数名の見物客が「何も言えなくなった」と報告。 その後、一時的な放心状態にに。
支配人注記:「この種は“謝罪したかった者の影”だ。彼らは声にならなかった後悔を喰う」
■ Specimen CR-11:**エミュレイターズ(模倣体群)**
- 分類:構造寄生型クリーチャー
- 形態:人間の姿を完全模倣するが、細部が壊れている(例:まばたきが異常に多い/目が瞬時に黒くなるなど)
- 行動:ティーカップエリアに潜み、**来場者とペアを組むフリ**をする
- 知能:人間の発話内容を“3秒後にコピーして発声”する知能反応あり
支配人注記:「彼らは“記憶の代用物”だ。誰かを失った者ほど、彼らを信じやすい」
■ Specimen CR-21:**オトナヌケ(抜け殻成体)**
- 分類:精神脱殻型異形体
- 形態:中年男性のようなフォルムだが、頭部が透明の樹脂質で空洞 内部には“自我らしき影”が上下反転して浮いている
- 行動:メリーゴーラウンド周辺に立ち尽くし、時折“無音の泣き声”を漏らす
- 危険性:同一空間に5分以上接触すると「過去の自分を一時的に思い出せなくなる」現象が確認
支配人注記:「これは“なにかになりたかったが、なれなかった者”の抜け殻。時間が止まっている」
■ Specimen CR-35:**ハグニャア(抱擁者)**
- 分類:触手型接触捕縛クリーチャー
- 形態:4~5本の異常に長い腕を持つが、胴体がない。 空中を這うように動き、影のみ確認される
- 行動:夜間、シャトルバス乗り場付近で“独りでいる者”を背後からゆっくり包み込むように接触
- 反応例:「あたたかい気がした」「懐かしい声が聞こえた」など錯覚報告多数
支配人注記:「人間の“誰かに抱きしめられたい”という欲望が肥大化し、実体を持った種族。 だが一度捕まれば、もう戻れない」
■ Specimen CR-50:**カラヤドリ(空蝉寄生)**
- 分類:意識潜航型異形体
- 形態:人間の背後にのみ寄生する。肉眼では見えないが、鏡越しでは“背中に乗っている者”として確認可能
- 能力:寄生対象の言葉を改変・捏造する 例:「ありがとう」が「ごめんなさい」に変わる、「生きたい」が「消えたい」になる
- 行動:ミラーハウス付近で多発
支配人注記:「人間の言葉が、常に正しく伝わるとは限らない。 これは“伝わらなかった想い”が、生き延びるために人を宿主に選んだもの」
ナズナのメモ
どの存在も、科学では説明できない。
けれど、共通するのはただひとつ。
「人間が忘れようとした感情が、夜の遊園地で“形”を持ってしまった」
彼らは人を襲わない。ただ、**思い出させようとする**。
自分が何を失ったか。自分が何を見捨てたか。