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ナズナ、池袋に立つ──失われた若者たちと無人島の広告

1|依頼──母の声

「ナズナさん……どうか、娘を探してください」

その依頼は、どこか擦り切れたようなメール文で届いた。差出人は池袋在住の女性。内容は簡潔で、だがどこかに切実な揺れがあった。

──娘が突然、いなくなった。
──最後にいた場所は池袋のネットカフェ。
──防犯カメラにも、特に異常はなし。
──警察にも相談したが「家出の可能性」で処理された。

それだけの話ならば、ありふれている。だがナズナは、ひとつだけ気になる言葉を拾った。

「ログイン履歴も、通信履歴も、なぜか“すべて初期化”されていたんです」

2|現地──ネカフェの暗部

池袋。東口から少し離れた小さなビルの上層階。ナズナはそのネットカフェに足を踏み入れた。

座席はフラット型、壁にはファブリックポスター、照明はやや暗く、時間の感覚を奪うようにできている。

「……ここなら、確かに“消える”ことはできる」

調査を進めると、ひとつのPCから“ある広告”が不自然に複数回開かれていた履歴が浮かび上がった。

──「自由な生活、始めませんか? 無人島移住、今なら渡航無料」

普通のポップアップなら、ここまで執拗に開かれることはない。しかも、端末はすべて“自動初期化型”。広告は“毎回”最初に表示されている。

ナズナはふと呟く。

「この構造……誰かが、ターゲットを選んで“広告を刺してる”」

3|糸──仕掛けたのは誰か

調べを進める中で、ひとつの事実が浮かび上がった。

この広告を流していたのは、すでに解散状態にある旧ヒッピー系団体の元支配人。いまは個人名義でサイトを維持し、アクセスごとの課金で稼いでいる。

「……つまり金のためだけの行動か」

無人島は実在した。関係者曰く、もともと“生きづらい人間”を一時的に集めて自給自足を目指した“実験村”だった。今やその理想も朽ち、ただ若者たちが“静かに何もしない場所”となっていた。

誰も管理しない。
誰も争わない。
誰も責めない。

ナズナはため息ひとつ。だが──行動はしなかった。

「ここには何もない。あるのは、消極的な安らぎだけ」

4|託す──母のメッセージ

依頼者の女性に、ナズナは全てを伝えた。

「あなたの娘さんは、今、ある島にいます。けれど私は、彼女を無理に戻すつもりはありません」

母親は泣きながら訴えた。
「でも、でも……あの子は、悪い子じゃないんです」

ナズナは、まっすぐに女性の目を見て言った。

「それなら、信じてください。あなたが“どう接してきたか”、あなたが“どう思ってるか”──それを、ただそのまま伝えてください」

メッセージは送られた。長文ではない。
──「お母さんは、あなたのこと、ちゃんと見てたよ。お母さんが一番あなたを知ってるよ。お母さんが一番あいしてるよ。あなたの選ぶ場所を信じてるからね。せかいでいちばんかわいいこ。あなたがなにでも、どうでも大好きです」

ナズナは確認した。
既読。
……もう一度、既読。

5|帰還──静かな日々の先に

数日後、娘は帰ってきた。駅の改札で、少しだけ焼けた肌と、少しだけ伸びた髪。

母親と抱き合うその光景を、ナズナは遠くから見ていただけだった。

「……人間は、誰か一人に“肯定”されるだけで、生き返ることがある」

6|静かな怒り──影を払う

ナズナはその後、広告を掲載し続けていた支配人に接触した。そして、何も言わずにその“媒体”を破壊した。

証拠もない。逮捕もされない。

ただ、ある日を境に、その広告はどこからも消えた。

ナズナは振り返ることなく、ただ一言だけ、静かに呟いた。

「あなたのやり方、すこしだけ不愉快だったから──それだけ。」