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ラグナ

終ノ典(オワリノフミ)=セフィル=ラグーナの語り

序章:声なき手記

これは僕が“僕”でなくなる前に残す、最後の記録。
言葉を持たぬ者となる前に、せめて一度だけ、自分の記憶を辿ってみたいと思った。
あるいは、これを読む誰かがいるのなら──その者に、僕の過去が伝わればと思う。

僕は、かつて勇者と呼ばれていた

しかし、今の僕は世界の脅威である存在。
遥かな時を一人で過ごし、精神は知識の奔流に沈み、我を忘れても尚、不死身が故に肉は再生を繰り返し
僕は、“それ”になった。

第一章:選ばれし者だった頃

僕の故郷は、北の辺境の貧しい村だった。名前など、覚えていない。
ただ、寒さと飢え、そして家族の微笑みだけは、今でもかすかに記憶の中にある。

運命は、唐突だった。何か祝福の様なモノを受け、不老不死と魔術の力、そして聖剣《ヴァルゼ・グリム》を授けられた。

“選ばれし者”──そう呼ばれた僕は、魔王討伐の旅に出た。
 行く先々の村で信じあえる仲間達と出会った
彼らは皆、身も心も世界を救うに値する能力の持ち主で、僕と同じような存在だった。
何より、欠けた部分を補い合える事で、僕達はそれぞれが一人の時よりも遙に強い存在になれた
あの時、僕を慕ってくれる女の子がいたと思う──彼女の笑顔が、何よりの力だった。
魔王を倒し世界を救う。与えられた力の責任で何度も挫けそうになっていた

そんな時、彼女はいつも"僕ならできる"と信じて背中を押してくれた
そんな、大切な仲間達の名前すら思い出せない.......
あぁ、皆に会いたい.......あの子に会いたい.......
誰か、僕を救ってくれ.......
あの子の名前は......そう......確か.....
―――   ノノ   ―――
だったかな......?ルクス=アルケミア=ノノ......そんな感じだった気もする。
皆が、笑いながら、その名前は長いから"ノノ"にしようって酒場で言ってたはずだ.....すこし思い出した
あの時は本当に幸せだった。

第二章:魔王討伐とその代償

魔王は、確かに恐るべき存在だった。
だが僕たちは勝利した。
お互いを信じ合う力、世界中から集まった祈り、そして僕自身の覚悟がそれを可能にした。

勝利の瞬間、世界は歓喜に満ちた。
民の祝福、ノノの涙、仲間たちの笑顔。
全てはこの瞬間の為にあったことで、世界は光に進む様に出来た運命だったのだと確信した

 

──しかし、それは一瞬の幻だった。

魔王討伐後、間もなくして空が砕けた。
風が止まり、森が消え、水は干上がり、都市が音もなく消滅していった。
原因は、わからない。
魔王では無かった。全く別の、世界の根幹を揺るがす何かだった。

誰もが理解できなかった、理解する間も与えて貰え無かった

仲間たちは、僕に言った。「セフィルだけは生きて、世界を救って.....」と

あぁ.....そうか、僕の名前はセフィルだ。きっとまた忘れるが

僕は彼らと共に滅びたかった。
だが、仲間たちの願いがそれを許してくれなかった

不老不死と魔導による転移能力。僕だけなら生き残れたからだ

気づけば、僕は異なる世界に一人立っていた。

第三章:彷徨う存在へ

僕の世界は消えた。
だが、僕が転移した先もまた──微かに歪んでいた

転移した当初、分かったことがある。世界と言うのは無数にあり、僕の世界はその中の一つで、滅んだのは僕の知る限り、自分の世界だけだった

しかし、その無数の大きな世界自体も、過去に4度、何らかの理由で“滅び”を経験していた。今は5度目の世界らしい
僕は知る必要があった。仲間の為にも、僕の世界の人々の為にも、これから同じ目に合う可能性のある人々の為にも
なぜ、滅びるのかを......

幾千もの世界を巡り、僕は学び、記録した。

少しずつ、自分が変わっていった

ある日を境に、僕は“知識と記録”を求めるために、感情を削った。
知識を得るためなら、手段は問わなかった。
人の記憶を奪い、書物に変え、それを食らうようにして真理を探した。

気づけば、僕は己が無くなり、ただ知識を貪り奪うだけの“それ”になっていた。

第四章:狂気の淵で見たもの

いつのまにか、僕の力は進化した。
知識の海から生まれた“禁じられた魔術”──魔導の世界でさえ語られることのない呪文。
それらを僕は知っている。

敵の思考を読み、記憶を奪い、それを分析し、無数の戦術に変える。
すべての戦いにおいて、僕は敗北しなかった。

かつて戦った、誰もが敵わない恐ろしい存在の魔王、今の自分はそれの比にならない程、遙に超越した何かになってしまった

だが、いつの戦いも勝利は虚ろだった。
なぜなら、僕は何のために戦っていたのか──忘れてしまったから。

僕はときどき、仲間達の幻を見る。
笑って、泣いて、僕の名前を呼ぶ。
その時だけ、ふと我に返る瞬間がある

そのたびに、僕は心の中で叫ぶ。
「……なぜ、こんな事に──」

第五章:僕の異能、そのすべて

時折、僕は今までの軌跡を辿るように自分の力を数える。
そのたびに、背筋が冷たくなる。

かつて、それは“祝福”と呼ばれていた。
だが今、それは“呪い”に近い。

これらの力は、かつて世界を救うためにあった.....今では世界からすると、きっと無駄な脅威だ

終章:僕の記録が、まだ誰かの光になるのなら

もし、これを読む者がいるなら、僕は願う。

どうか、世界を守ってくれ、真相を見つけてくれ。僕はそれが出来なかった、選ばれし者では無かったんだ

恐らく、今も崩壊は進んでいる。

あんな、悲しみを誰にも味わって欲しくない

もし、崩壊の原因に僕が含まれる様な事があるなら、なぜ僕はあの時、勇者として選ばれたのだろう

それだけは、絶対起こらないように願う。元勇者としての僅かな願いだ

忘れてしまった仲間たちの笑顔だけが、僕の気の遠くなるような孤独の暗闇にさす僅かな光だ

──この記録が、まだ僕が“人間”であった最後の証である

最後まで聞いてくれた事に感謝する

あぁ......少し眠たくなってきた

今日は、どんな夢を見るのだろう?