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スヴァレ

✦ スヴァレの空中護送と、命じられた約束

うああああああああああああ!!!!

夜空に、情けない絶叫が響く。

引きずられる俺──奏一。

掴んでいるのは、真紅の眼を持つ異形の存在、スヴァレ。

「……ほんと、うるせぇなあ」

俺の絶叫に、呆れたような声が返ってきた。

空中を旋回しながら、軽やかに、だが逃がす気ゼロで、俺をぶら下げ続けている。

「は、離せ! どこに連れていく気だよ!」

必死にもがく俺に、スヴァレは片手を軽く振った。

「女王様のお呼びだよ、兄ちゃん。」

「じょ、女王様……?」

「神代セリカ様だよ──なんだ?知らないのか? ああ、知らないよなあ、未来の話だもんなー。 俺たち召喚体の女王様だ。お前たちの世界の未来の女王様でもあるぜ。ひひっ お前を直々に迎えに来いって、わざわざ命じられたんだぜ。」

……命令。

なんだかすごい話になってるぞ、そもそもこいつはなんだ?悪魔か?冷静に考えると背筋に冷たいものが走る。

「おっおまえの……餌になるんじゃねーのかよ……!」

「食われてぇのか兄ちゃん?お断りだぜ。人をなんだと思ってやがる、いや悪魔をなんだと思ってやがる。お前ら人間と一緒にすんじゃねーよ」

スヴァレは面倒くさそうに鼻をこすり続けた。

「俺だって好き好んで運び屋やってるわけじゃねぇ。 ──本当はあの“侍野郎”(一閃丸)に押し付けたかったんだ。」

小さく舌打ちする。

「あいつは別件だよ。女王様直々に── “ナズナとかいう姉ちゃんに挨拶してこい”ってな。」

ナズナ。 聞き覚えのない名前だった。

「お前みたいなピアノ狂いは、俺の担当だとさ。あぁめんどくせーし、しょぼい任務だぜ」

再び、スヴァレは俺をぶらんぶらんと振り回した。 ぐわんぐわんと景色が回る。

「ぐっ……うぅ……!」 吐き気がこみ上げる。

それでもスヴァレは楽しげに続けた。

「いいか、兄ちゃん。 暇つぶしに教えといてやる。ひひっ俺たち召喚体ってのは、ただの怪物じゃねえ。 どっかの世界で、ちゃんと意味を持って存在してた。

本能だけで動く、獣とは違う。」

夜風に混じって、スヴァレの声が染み込んでくる。

「見た目が怖いからって、知性がないと思うなよ。 ──お前ら人間こそ、すぐに見た目で決めつける。

自分たちだけが世界の中心だと思ってる。ひひっ ばかだ」

低く、静かな言葉。 だが、その一つ一つが、ぐさりと胸に突き刺さった。

「……だが、俺たちから見りゃ、 お前らの方がよっぽど異形だぜ。」

ざわり、と胸がざわめいた。

スヴァレは、そんな俺の反応を見透かしたように笑う。

「ま、そういうところが、案外面白いんだけどな。 人間ってやつはよ。」

そのときだった。

下方に、異様な光景が見えた。

黒い── まるで巨大な裂け目のような闇。

吸い込むような沈黙。 音も色もない、真の闇。

そこへ向かって、スヴァレは高度を下げ始めた。

「さあ、着くぜ。 ──女王様のお膝元、黒曜の円卓ホールへ。」

俺は首を振った。

「行きたくねえ……! 放せよ、俺は……!」

スヴァレはにやりと笑った。

「放してやってもいいぜ? ──落ちたら即死だけどな。」

吐き捨てるように言い、 スヴァレは俺を無造作に黒い渦へと投げ込んだ。

重力が、急に重たくなる。

真下に広がる── 闇に浮かぶ巨大な円卓。

黒曜石のような床。 漆黒と金に彩られた、異様に美しい空間。

そして、中央に立つ一人の乙女。

白銀の髪。 黒と紅のドレス。 冷たく、無垢な光を宿した存在。この世の美を暗黒で吸い集めたような雰囲気だ

──神代セリカ。

地面に叩きつけられ、俺は呻く。

スヴァレが、地上で軽く一礼する。

「あいよ、女王様。 注文通り、“演奏者”持ってきやした。」

這いつくばる俺の前に、 セリカが静かに、しかし絶対的な足取りで歩み寄った。

「……あなたが、花芽 奏一(かがめ そういち)さんね。」

涼やかな声。

けれど、その奥に潜むのは── 計り知れない底知れなさ。

セリカは微笑んだ。

「さあ。 ──新しい世界の第一楽章を、始めましょうか。」

その微笑みは、美しくも── どこか酷く、冷たかった。

✦ 花芽 奏一、召喚ピアノへ

黒曜石のような床に這いつくばったまま、俺は顔を上げた。

目の前に立つ少女──神代セリカは、微笑みながらも、どこか冷たかった。

「立ちなさい、奏一さん。」

優雅な声。しかし、それは命令だった。

震える膝を押さえつけ、俺は立ち上がった。

背後では、スヴァレが腕を組み、興味深そうにこちらを見下ろしている。 その隣には、無言のまま佇む別の存在──一閃丸。

鋭く研ぎ澄まされた剣のような気配。 彼はセリカの命を受け、別の任務──ナズナという人物への挨拶を控えているという。

セリカが手をひらりと振ると、中央の巨大な黒のピアノ──召喚ピアノの蓋が静かに開いた。

艶やかな黒いボディに、無数の古代文字の様な形状が浮かび上がる。

まるで、それ自体が生き物のように、微かに鼓動していた。

「──奏一さん。」

セリカが静かに告げる。

「あなたの指は、すでに“向こう側”に触れました。」

ぞわり、と背筋を撫でる悪寒。

セリカはさらに言葉を重ねた。

「このピアノは、常の旋律を超える。より高位な次元の"存在そのものと共鳴させるために──ここにある。」

俺は唾を飲み込んだ。

20本以上に増えた指が、小刻みに震える。

「……もし、拒んだら?」

絞り出すように問う。

セリカは微笑みを崩さなかった。

「その時は──。」

その先は言わずにセリカは奏一に微笑んだ。奏一はその微笑みが、人生の全ての恐怖より簡単に勝ってしまった事を自覚した。

確かにあのピアノは今までがオモチャに見えるくらい美しい。

だが呼び覚ましてはならぬ音の棺の様な感じがする、人よりピアノに触れてきた俺ならわかる、あれは、絶対だめだ。これは俺だけの問題じゃない、計り知れない範囲に何かとんでもない事が起こってしまう予感がする。

俺はピアノは好きだが、それも命あっての話だ。そもそもだピアノがあるこの世界好きだ。それが奏でる音を聞いて喜ぶ人が好きだ、もっと聞かせたい家族もいたんだ、もう二度と会えないかもしれないが......

「……ふざけんなよ。」

思わず、口を突いて出た。

スヴァレがくっくっと笑う。

「でもまあ、兄ちゃん。 お前、本当は──この瞬間を待ってたんだろ?」

その言葉に、胸の奥が刺された。

俺は、思い出す。 ──世界のすべてに退屈していたこと。 ──ただ、ピアノだけが、生きていると感じさせたこと。

ああ、そうだ。 俺は──この“異常”を、求めていた事も事実だ

ゆっくりと、足を踏み出す。

召喚ピアノが、微かに震えた。

近づくたびに、空気がざわつく。 指先が、鍵盤に吸い寄せられるように疼く。理性が抑えられない

あと数歩。

セリカの声が、静かに、しかし確かに響いた。

「奏でなさい──奏一さん。」

「あなたのために。」

「この世界のために。」

「──そして、私たちの“新しい楽章”のために。」

鍵盤が、俺を待っている。

俺は、20本以上に増えた指を広げた。

そして.......

次の瞬間、俺は人間では無くなってしまった20本の異様な指でこの世のものではない鍵盤を叩き裂いた

ガシャアアアアアアン!!!!!

鍵盤がいくつか砕け散る

「僕に命令するな!!!」そう叫び両手でセリカ達に中指を立てる。自分でもどれが中指かはわからないが

召喚達が全員で奏一を凝視する、セリカは表情一つ変えないが、さっきとは明らかに雰囲気が違う。冷たい、としか言えない。何よりも恐ろしく冷たい

奏一は想う。俺は終わった......何やってんだ?なんでここにいるんだ?最初はただピアノを褒められたかっただけなんだ、両親に妹に.....はぁ.....笑えるな...意地張って反抗して指もこんなんなっちゃって....バカだ俺.....最後に聴かしてやりたかったな瑠璃に.....あいつが一番好きな曲を


赤い悪魔は誰にも知られぬよう一人呟いた

「きらいじゃないぜ.......ひひっ」