
『わたしは、ここで震えてる』──ウズメという名の少女と、静かな光
1. 何も始まらない日々
今日も、空は静かだった。
ウズメは、いつものように早めに学校に着き、教室の端の席にかばんを置いた。廊下の声、教室のざわめき、机にペンを落とす音──全部が遠くに感じる。
「ウズメって、なんか不思議だよね」「よくわかんないけど、ちょっと怖い」
そう言われることにも慣れていた。
返事をする必要も、説明する必要もなかった。だって、自分でもうまく言葉にできない。自分の中で何が起こっているのか。なぜ、誰かが怒鳴りそうになると手のひらが熱くなるのか。なぜ、誰かが泣くと、周囲の空気が震えるのか。
わからない。
ただ、心のどこかで感じる。
──わたしの中に、何かがある。
2. 公園という逃げ場所
授業が終わって、ウズメは家に帰らず、駅前の古い公園に寄った。
ここは、小さいころよく一人で来ていた場所。今でも、ベンチの端に座って、ただ風の音を聞いていると少しだけ楽になる。
遠くの電車の音。すべてを遠ざけてくれる。
そうやってぼーっとすると涙は出ないが、ただ胸の奥で、わかってもらえない痛みが、すこしずつ痺れのように広がっていく。
3. 家族という圧力
「なんでもっと社交的にできないの?」「他の子はみんなちゃんとしてるのよ」
母の声は優しいけれど強く心に刺さる。
父は無言だった。たまに吐く言葉鉛みたく重かった。
「このままだと、社会で通用しないわよ」
わたしは、社会のために生きてるんじゃない。
でもそんな言葉、口にしたところで、伝わらないってわかってる。
だから、いつも黙ってる。
けど黙ると、「わかってないって顔ね」とか、「自分の意見もないの?」とか、そんな言葉が追いかけてくる。
逃げられない。
4. 壊れそうな日々の中で
その日、学校で些細なトラブルがあった。
誰かの机が落書きされていて、それをウズメが最初に見つけた。
「え、ウズメじゃないの?」
たった一言。それだけで、空気が変わった。
もちろんやってない。でも否定するだけで、まるで火に油を注ぐように見られる。
静かに立ち去ろうとしたそのとき、誰かの手がウズメの肩に触れた。
「おい、無視すんなよ」
その瞬間、電灯がパチンと消えた。
誰もスイッチには触れていなかった。
「……なんで?」
ざわめきが走る。先生が来て、慌てて場を収めた。
ウズメは、自分の手が震えているのを見ていた。
やっぱり、わたし──普通じゃない。
5. わたしの“ちから”
それが「超能力」と呼ばれるものかどうかなんて、ウズメにはわからない。
でも、怒りや恐怖の波が押し寄せたとき、自分の感情が周囲の空間を歪ませているのを何度も感じた。
小さいころ、雷が鳴った日、家のテレビが爆発的な音で壊れた。公園で絡まれたとき、相手のスマホが発火した。
ずっと偶然だと思ってた。
でも、偶然が何度も起こるわけがない。
「わたし、壊すばっかりだ……」
そうつぶやいて、またベンチに座る。
「……でも、わたしは、ここにいる」
不安定でも、歪でも、誰にどう思われても。
わたしは──ここで、ちゃんと生きてる。
6. そして、出会い
春の終わりの、少し冷たい夕暮れ。
ウズメがいつもの公園のベンチに座っていると、一人の女性が向こうの道から歩いてきた。
黒い服、ヘッドフォン、金の混じった黒髪──どこか、見たことがあるような雰囲気。
「……この席、いいかしら?」
「え、あ……はい」
その人は静かにベンチに座り、何も話さず、しばらく空を見ていた。
ウズメは何か言おうとしたけど、うまく言葉が出てこなかった。
沈黙のまま、数分。
その女性がふと、声を出した。
「ねえ、あなた──何かを持ってるんじゃない?」
「……え?」
「誰にも理解されない強さ。扱いきれない力。でも、それはちゃんと“ある”って、あなた自身が知ってるんでしょう?」
ウズメは、驚いて相手を見た。
「わたしは……」
「あなたなら、耐える力も、進む勇気も、持ってると思うの。無理に変わらなくていい。自分のままでいい。ただ、その痛みを抱えたまま、少しずつ前に行ければ」
ウズメの目に、ふわりと涙が浮かぶ。でも、こぼれなかった。
女性は立ち上がって、歩き出す。
「がんばらなくていい。ただ、諦めないで」
そう言って、彼女は去っていった。
7. ナズナの独白
夜の電脳探偵事務所。ナズナは端末にメモを残していた。
『今日、公園で一人の少女に会った。名は……ウズメ、だっただろうか。』
『あの子は、たぶん、まだ“世界を照らす光”の意味も知らないし、それを獲得させてくれる存在に出会ってもいない。けれど──もしかしたら、その力で、世界の闇を覆す鍵になるかもしれない。』
『アメノウズメのように。』
ナズナはそっと画面を閉じた。
ウズメ。
この世界に、まだ見ぬ灯が一つ、確かに生まれている。
そしてそれは、誰よりも傷つき、震えながら、確かに──生きていた。